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《若頭は心配性》

◇  空はのどかに晴れ渡り、柔らかな風と陽光が春の訪れを教えてくれる。まだまだ寒い日も多いが、三月に入ったばかりの気温にしては、今日は過ごしやすいほどに温かい日だった。 「昨夜はまた遅くまで遊んでいたのですか?」  雪成を後部座席に乗せた国産の高級車は、主要道路から離れ、郊外を走っている。窓に流れる景色も、ここが都会の中心部である事を忘れる程に、長閑な風景が広がっていた。そんなゆったりとした車内の空気をも壊して、少し咎めるような声が助手席から投げられる。 「〝また〟とは人聞きの悪い。遊んではいない。性欲処理だ」 「またと言われても仕方ないでしょう? 取っかえ引っ変え、男女問わずにアルファばかりを……」 「あのなぁ、中西。それはいつの話をしてるんだ。今は一人にしぼってる」  雪成が言い切ると、中西は一瞬黙る。その横でハンドルを握る若中の麻野は心配なのだろう、落ち着きなく中西と雪成へ視線をウロウロとさせている。 「おい麻野、しっかり前を見ろや」 「は、はいぃー! すいやせん!」  雪成を心酔しているベータの麻野は、雪成の叱責に背筋をビシッと伸ばして運転に集中する。 「それならまだいいのですが……。私は心配なのですよ。貴方は発情を今のところはしていませんが、いつなんどき発情してしまうか分からないのですよ? もしアルファの前で発情してしまったらどうするんですか?」  中西が心配するように、今のセフレである河東と出会う前は、男女問わずに性欲処理の目的で、アルファばかりを手当り次第に抱いてきた。もちろんアルファと合意の行為だが、自分が発情しない体質である事をいい事に、遊んできたことは事実だ。 「あぁ……まぁ、そうなっても大丈夫なように俺もちゃんと鍛えてる」 「正気を失ったアルファを甘く見てはいけません!」  珍しく声を上げる中西に、運転に集中していた麻野は驚き、肩を大きく跳ね上がらせた。 「ありがとな中西。今の相手とは月に一度程度会うだけだし、万が一のために抑制剤も持ってる」 「それならいいのですが……。申し訳ございません。つい声を荒らげるような真似を。ですが十分に気をつけて頂きたいです」  自分のしでかした事に沈む中西だが、雪成の口元はつい嬉しさで緩んでいた。  雪成は二年前に《青道会》の三代目会長として就いた。元《青道会》の二代目会長であった男が、雪成のことをとても可愛がっていた事もあり、その座を健康面の不調により、若頭ではなく雪成へと譲ったのだ。それも《青道会》の若頭と大半の組員が、会長が退くなら自分もという経緯があったことも大きい。  《青道会》は日本最大の組織《市松組》の二次団体だが、ベータだけで構成された珍しい組織でもあった。それだけに結束力も大きく、特に二代目を心から傾倒していた。  それでも雪成が会長へ就任するとき、半数の者が残ってくれたのは、二代目が自ら選んだ人間ということもあったからだ。だから雪成は、その期待を裏切らないよう、彼らを守っていかなければならない。  そして《市松組》に入った時から常に雪成の側に控えていたのは中西だ。きっかけは歳が近いということもあって《市松組》の組長が、雪成の世話役として中西を選んだことだった。  中西は雪成より三歳上ということもあり、兄のようでもあり、雪成の良き理解者でもあった。アルファでありながら、オメガの雪成を下に見ることは決してなく、常に雪成を立てている。しかも雪成が発情しても困らないようにと、二十歳のときには番を持つという徹底ぶりだ。

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