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《定例会》4

 い草の香りに包まれた広い座敷には、数十名の幹部が集まる。月一しか揃わない面々だけあって、部屋の空気は危うい程の緊張感で包まれている。  ヤクザらしい面構えが占める中、雪成の容姿は良くも悪くも目立った。  体格のいい男たちのなかでは、雪成の体格は柔に映ってしまう。これでもしっかりと鍛えて、無駄な贅肉などない、引き締まった身体をしているのだが。しかし骨格までは変えることは出来ない。ここが〝オメガ〟の性質に抗えないところと言えるのかもしれない。  雪成は自身がオメガであることに深く悲観はしていない。生を受けた時から決まってしまっているバース性を、後から否定してもどうにもならないことだからだ。  ただ〝人間〟なのに発情してしまう性質が悲しかった。そのせいで一昔前までは、性犯罪も増え、オメガにとってはとても生きづらいものがあった。今でこそ抑制剤の開発が進み、オメガの人権も守られ、社会進出も出来るようになったが、実際はまだ根強く性差別はある。  雪成はどういうわけか発情を一度もした事がないが、やはりオメガというだけで下に見られてしまう。特にヤクザ社会では、オメガなど目の上のたんこぶ以上に厄介者だろう。  人に畏れられてなんぼの世界。舐められてはならない世界。従って、特に幹部連中は、雪成が幹部の地位に就いていることが、面白くないと思っている。だからこそ余計に雪成の中で闘志が燃え上がる。それはひっそりと。 「ご苦労」  渋い声でかけられる言葉。幹部一同は座ったままで一斉に頭を下げた。雪成も後列で同じように続く。  ここ《市松組》の組長の登場だ。構成員四千人、枝を含めるとその倍は下らない。大組織の頂点なる男だ。  雪成はゆっくりと顔を上げて、男の顔をしっかりと見据える。顔色も肌艶もいい。決して若いとは言えない、雪成の第二の親とも言える菱本の姿を見て、ホッと安堵の息をついた。  菱本がよく通る声で労いの言葉をかけてから、会議が始まった。この定例会では第一に会費を支払わなければならない。言うなれば上納金というものだ。  上部組織の組長となれば、かなりの高額を納めなければならない。雪成も、親爺のために金を工面している。その額は百万を超える。  会費は組織を存続させる為に何よりも必要な金だ。会費の滞納が続いたり、支払わなければ厳しい制裁が待っている。そのため各組織の者は金の工面にかなり苦労するのだ。特に下の者は働いても働いても搾取され、報酬などほぼ無いため、ヤクザは過酷な稼業と言える。 「雪成、ちょっと残れ」  定例会が終わり、幹部を見送った雪成に声がかかる。深縹(こきはなだ)のお召一つ紋付に袖を通した菱本が、少し苦笑を浮かべている。雪成は返事をしながら内心で首を捻った。 (何かしたか……?)  僅かな緊張を滲ませながら、雪成は菱本の私室である座敷へと入った。  ここは恐らく組長付の片山と、若頭の橋下くらいしか入った事がない部屋だ。ここへ雪成が連れて来られた若い時代は自由に出入りをしていたが、今では気安く入れる場所ではなくなった。

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