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《青天の霹靂》5

 一通りの話を聞き終えた谷原は、顎に手をやり考え込んでいる。 「うーん……相手と会う前から身体が熱くなって、会えば熱が更に灯る。そして理性は働くが、相手が欲しいという欲に支配される。雪成のその症状からして発情しているとも取れるが……」 「番のいる中西は別として、アルファの松山と、ベータの麻野には全く影響がなかった。オメガは発情したら手当り次第にフェロモンを撒き散らすんだろ? もし俺が発情してたなら、アルファである松山が触発されないのはおかしい」  自分が発情したなど、出来れば認めたくない。二十九年も発情しなかったのに、今更オメガとして性の目覚めをしましたと言われても、思考が全く追い付かないからだ。  発情に苦しまない快適ライフを送れなくなるばかりか、稼業にも大きな影響を及ぼしてしまう。  雪成はゾクリと身を震わせた。この事が知られると、雪成を幹部から下ろせる大きな好機を与えてしまう事になる。今はまだ発情をしないため、組織内の混乱を招かないという事で、幹部でいられる事が大きいが。  だがきっと、菱本も雪成が発情してしまえば、今の地位の事も考えざるを得なくなるだろう。 「確かに、アルファが平気でいるなど、そこがオレにも分からないところだな。それにオメガの発情は理性が保てないことが一般的だ。どれだけ精神を鍛えていようと、これはオメガとしての本能だからな。抗おうとしても難しい」  では一体何なのだと、暫く二人の間に沈黙が落ちる。 「そう言えば……」  沈黙を破ったのは雪成だった。谷原が静かに先を促す。 「あの男も、何か戸惑ってたな。欲情してしまっている自分と、俺の存在と言えばいいのか。でもお互いにそうなってる時間はかなり短かった……。ほんの数分くらいで、ほぼ同じタイミングで熱が引いていった気もする。まぁ、偶然なんだろうけど。もしこれが発情なら、まだ不安定ということか?」 「不安定なこともあるかもしれないが、発情している時間が数分というのは有り得ない。聞いた事もない」  谷原はバース性のことも良く勉強をしている。特にオメガに対してどうすれば快適な生活が送れるのかを、アルファながらもオメガの立場になって良く考えてもくれている。そのせいか、雪成の症状にとても驚いているようだ。 「しかも二人は、我を失うほどの状況には陥っていなかったんだよな……。出会った二人の状況を見ると、まるで〝運命の番〟にでも出会ったような惹かれ方だが、それならもっと強烈に惹かれ合うはずなんだが」  谷原の頭も混乱しているようだ。雪成にとってもオメガの発情がどれほどのものかが分からなかった。  児童養護施設にいた時にもオメガはいたが、抑制剤を飲んでいることもあって、発情というものをまともに目にした事がなかったのだ。  〝リアル〟な発情を目にした事がない上に、自身も発情した事がない。だから頼りになるのは谷原だけなのだ。 「この件に関しては調べてみる。何か分かったら直ぐに連絡するから、雪成も何か異変があったら直ぐに来なさい」 「分かった。急に来て色々すまなかった。ありがとな」  谷原の邪気の無い笑顔に見送られ、雪成は自宅マンションへと帰った。  あれが発情ではないことを祈りながら……。

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