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《青天の霹靂》4

 それでいて何か得体の知れない独特な空気を纏っている。闇が表に上手く溶け込んでいる、雪成にはそんな雰囲気を男から感じた。  すっかり熱が引いてしまい、色々な疑問が残るなかで雪成は男に向き直る。 「騒がせてすまなかったな」  雪成が詫びると、男は少し驚いたような表情を見せる。だが直ぐに雪成へとハンサムな笑みを浮かべた。 「……あぁ、俺の方も悪かった」  客として来店しようとしていた者に対しての言葉遣いではないが、雪成は特に気にはならなかった。  男の雰囲気もあるのか、クールに見えるが、懐に入るのは上手そうだ。  雪成は直ぐに男に背を向けて、階段を上がっていく。せっかく飲む気満々で雪成も来たが、飲む気分ではなくなった。 「お前ら悪かったな。これで三人で飲みに行け」  万札三枚を麻野へ手渡そうとするが、三人は一様に首を振る。 「会長がいらっしゃらないと、飲みに行く意味がないです!」  麻野と松山は断固拒否の姿勢を取る。中西に関しては、雪成を一人には絶対にしない男だから、行かないことは想定内だ。 「誘ったのは俺なんだから、俺の顔を立てると思って行け」 「そんなこと言っても、俺らは行きませんよ」  これはもう行く気はないなと雪成は苦笑した。 「はいはい、分かった分かった。それじゃ、また近々行こうか」 「はい!」  日を改めることに決めると、四人は解散した。  港区にある自宅マンションに着くと、雪成は中西と別れるなり、直ぐにとある場所へ向かうべく駐車場から車を出した。  自分の車を運転することは滅多にないが、ないと困るものだ。特にこういう日は。  雪成が向かうのは、菱本から紹介された医師の元だった。十代の頃から世話になっているため、雪成のことは何でも知っていると言っても過言ではない男だ。 「谷原さん、突然悪い」  自宅兼診療所である医院を訪れ、雪成は玄関先で完全オフの姿になっている男に詫びた。 「いや、全然構わないよ。雪成ならいつでも歓迎だが、どうした? 抑制剤はまだ期限は切れてないだろ?」  中へと招かれ、診察室ではなく客室へ通される。これもいつもの事だ。体調が悪くて診てもらうときも客室だ。それは雪成がいつも、谷原の診療時間が終わった時間に訪ねるためだ。  ヤクザである自分が、他の患者やスタッフの目に触れるような事は避けたかったからだ。決して谷原に言われたわけではない。しかし、信用問題も大きく関わる仕事のために、ヤクザと関わりがあるなど一度(ひとたび)噂が出回ると、途端に廃業へと追い込まれてしまうだろう。それだけは避けなければならない。ずっと文句一つも言わずに、親切に診てくれている谷原のために。 「今日はちょっと気になる事があってな……」 「気になる事か。なんだついに発情でもしたか?」  冗談めかして言った谷原だったが、雪成の様子に表情を改めた。 「発情と言っていいのか、よく分かんねぇ事がさっき起きた」 「そうか……。ゆっくり話を聞こう」  六畳程の広さの客室が少し温まってきた頃、テーブルを挟んだソファで雪成は先程の出来事を伝えた。

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