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《kingdom》5

 するとそこは忍者屋敷の〝どんでん返し〟のように壁が回転した。これは中からでないと開けられない仕組みになっている。 「す、すごい……」  青年は素直に驚き、大きめの目をぱちくりとさせた。  トイレから出た場所は、店とビルの隙間で細い通路となっている。雪成は淡々と、路地裏へと繋がる通路を無言で歩いていく。その後を青年がちゃんとついてくる気配をしっかり感じながら。 「あの……さ」 「なんだ」  雪成は振り向きもせず返事をする。 「なんで何も訊かないんだ? あなたは店の偉い人っぽいし……。僕は騒ぎを起こしたのに……」 「悪い事をしたって自覚はあるのか」 「自覚っていうか……」  口ごもる青年へと雪成は足を止めて振り向いた。  路地裏はあらゆる匂いや淀んだ空気で満ちている。建物の影となり、日の当たらない通路では、儚げに見える青年の顔色は、一層青白さが際立つ。 「お前さ、もっと自分を大事にしろよ。俺が言うのもなんだけど、見てて痛々しいわ」 「っ……」  青年の目の奥が一瞬揺らいだ。だが、そのまま下を向いて黙り込む青年に雪成は「行くぞ」と言い、さっさと歩き始めた。  通路を出ると少し(ひら)けた場所に出る。そこに麻野の車が待機していた。ここなら警察に直ぐに見つかることはない。  麻野が運転席から降りてくると、雪成へと頭を下げる。その様子に青年は雪成と麻野を何度も交互に見て、不思議そうな顔をする。  麻野の派手な──チンピラとも言う──ルックスと、小綺麗なスーツ姿の雪成とでは、ちぐはぐもいいところだからだろう。 「会長、警察がもうすぐここへ来ると連絡がありました。疋田がここから一本先の通りで待機してます」 「分かった。こいつを〝頼むな〟」  雪成は麻野に目配せをするが、その意味を理解した途端、麻野は困惑の表情を浮かべた。 「会長……」 「頼んだぞ」  念を押すように麻野の肩に手を置く雪成に、麻野は頷くことしか出来なくなる。 「あ、あの、待って、あなたは!? 一緒に行ってくれないの?」  青年は雪成の腕に縋り付いてくる。まるで親から見放されたガキのようだと、雪成は目を細めた。 「一緒には行かない。心配するな。ああ見えて、こいつは良い奴だから。反抗的な態度さえ取らなければ優しいお兄さんだ」  麻野は恐がらせないようにと笑顔を作るが、盛大に引きつっていて、余計に怖い顔になっている。それを不安そうに見つめる青年だったが、自分の置かれている立場をちゃんと理解しているようで、素直に頷いて後部座席へと乗った。  二人が乗る車を見送りながら、雪成は宮城へ警察の対応を頼むとスマホで連絡を入れた。何を聞かれても知らないと、青年は帰って行ったと言っておけと。警察も通報者である青年がいなければ、調べることも出来ない。そうは言っても根掘り葉掘りと聴取されるため、その気苦労を思うと雪成も心苦しい思いがある。    

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