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《乱される》6

「それにしても龍のやつ、無防備によくヤクザに車のキー渡せるよな。俺なら絶対渡さないな」  盗聴器やGPSの類を付けられる恐れもある。まだ仲を深めた間柄でもないのに、全く警戒もされていないということだ。 (警戒する必要がない……?) 「待たせたな」  まだ十分も経っていないが、和泉は早くに現れ、運転席へと乗り込んできた。  車内は暗いが和泉がちゃんと着替えている事は分かった。チャコールグレーのジャケットを羽織っているだけで、大人の魅力を見せつけてくる。 「早かったな」 「まぁ、今日は店が暇だったからな」 「あれで?」  テーブル席やソファ席は全て埋まっていたし、カウンター席もほぼ埋まっていた。 「多い時は立って飲んでる人もいるからな」 「すごいな」  立ち飲みBARならいざ知らず、そうではないのに立って飲む客がいるのかと、雪成は驚いた。とは言っても、雪成がいつも訪れるBARは決まっていて、河岸を変えることを滅多にしてこなかった事もあり、他の店の状況などは分からないという事もある。 「それで? どこに行くんだ?」 「……あぁ、俺の知り合いの医者んとこ」 「医者?」  和泉はエンジンをかけると、不思議そうな顔をして訊ねてくる。そうなるのは仕方ない。これから向かう場所が医者の所だと言われて、疑問に思わない者はいないだろう。 「あぁ、俺らの事で、アンタにも〝可能性〟ってやつを知っておいてもらおうと思ってな」 「なるほど……」  雪成から谷原医院の場所を聞いた和泉は、パーキングから車を出した。 「それにしても、また近づいてくるとはな」  車が幹線道路を走り出した頃、和泉が少し呆れた声音を聞かせてくる。 「なんだよ」  雪成はシートを倒して寛ぎモードに入っていたが、シートから背を離して和泉の横顔を見る。和泉はチラリと雪成を見ると微苦笑を浮かべた。 「普通、ああ言われたら警戒して近づかないだろ。俺も、もう関わるつもりがなかったら、ああ言ったまでだ」 「よく言う。切っても切れない仲だとか、ほざいてたのは誰だ」 「まぁ、それも嘘ではないからな」  雪成は苛立たしげに舌打ちをする。のらりくらりと躱されているようで、実際はそうではない。まんまと和泉の空気に流されているだけだ。  雪成は自身を落ち着かせるために、ゆっくりと息を吐く。 「あんな事言われて大人しく出来るか。それの意味と、そしてアンタが何者なのか、スッキリさせたいんだよ俺は」 「俺は知っての通り、赤坂に店を構えるただのバーテンダーだよ」  雪成はその返答に笑う。 「教える気がないのなら俺はしつこくアンタに関わるぞ。アンタの傍にいて何か不都合があろうが、俺の知ったこっちゃない」  和泉は盛大な溜め息を聞かせてくる。そして直ぐに肩を揺らして笑い始めた。

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