49 / 63

《乱される》19

 長めのキスが解かれると、雪成は途端に笑い声を上げた。 「なぁ、龍ってキス魔なのか? 前にも言ったが俺はキスはあんま好きじゃねぇんだよ」 「俺も前に似たようなこと言ったが、好きじゃないわりには積極的だな」  和泉が雪成の濡れた唇を拭うように、親指で唇に触れてきた。雪成はほぼ無意識に口を開け、和泉の親指を舐める。  その瞬間に再び、和泉の目に強い欲情が露わになった。 「っ……」  しまったと雪成は、直ぐに和泉へと背中を向けてバスルームへと入って行く。丁度お湯が沸いたタイミングで、雪成は熱いシャワーを頭から被った後は、バスタブの中へと身を沈めた。  そして頭をバスタブの縁に預けて目を閉じる。 「……わっかんねぇな」  和泉が全く分からない。何か少しでも分かる事を期待して一緒に過ごす事にしたのに、疑問ばかりが増えていく。  和泉本人も、雪成といて突如と調子が狂うと言っていた。突如と調子が狂うのは雪成も似たようなものだから理解は出来る。  実際、キスは苦手にも関わらず、和泉とならもっとと求めてしまっている。だけどそれは和泉からされた場合のみだ。発情していない時は、雪成自身から和泉にキスをしたいとは思わない。  それに和泉の身体が異様に熱くなっていた事も疑問だった。和泉が言うようにラットまではいっていないにしても、ただの欲情だけで、あそこまで身体が熱くなることは、ある意味心配でもあった。 「ほんと……何から何まで分からねぇ男だ。まぁ一番分かんねぇのは、この俺自身なんだけどな……。ここまで一貫性がないとはな」  出会いは偶然だったかもしれないが、そこから恐らく和泉にとって雪成の存在は、ただの偶然では済まなくなっている。  誰かに命を狙われているとも取れる忠告。それを和泉がわざわざ知らせてくる。その理由は全く不明だが、和泉が忠告するという事は〝それ〟を知っていて、かつ〝そちら側〟の人間だということ。  もし雪成に直接手を下すのが和泉ならば、もし仲間か主犯格を招き入れるなら、今は絶好のチャンスと言える。雪成はいま完全なる丸腰だからだ。  全く警戒心もなく、丸裸で風呂に入っている場合ではない。自身の愚かな状況に、雪成は笑いが込み上げて来る程だった。  和泉には殺気が全くなくて、自分の直感でも害はないと自信満々だが、それを完全に隠す事ができる男なら、雪成は今夜は生きては帰れないだろう。  今夜のことは中西にも麻野にも誰一人、組関係の人間には伝えていない。  和泉が決して雪成の味方側ではない事は、しっかり認識はしている。命の危険すらちゃんと感じている。それなのに中西にも伝えていないのは、雪成の中のあらゆる迷いが大きいせいだった。  普通なら和泉をこのまま組に拘束して、吐かせることが常套手段だ。拷問しても吐くような男ではないが、それでも極道の人間として、和泉を半殺し、或いは殺してでも捕らえておかなければならない人間なのだ。それは中西にも何度も忠告されていた事だ。  それなのに雪成がしていることは、愚鈍のすることだった。だがどうしても和泉に非道な真似が出来なかった。  和泉がわざわざ雪成に忠告などするから、情に絆されている。ヤクザが聞いて呆れるとはこの事を言う。

ともだちにシェアしよう!