97 / 97

第97話 器を傾け溢してく < Side 明琉

 羽雨の家から帰宅したオレたち。  ペケは、部屋に入ってすぐに、着替え始めた。  サスペンダーを外し、ズボンを脱いだペケは、シャツを摘まみ、暫し眺める。 「これ、脱がなきゃダメ?」  上目遣いで問うてくるペケに、オレは首を傾げた。  困ったように眉を八の字にしたペケは、言葉を足す。 「安心するの。なんか、抱き締められてるみたいで、ほっとする……」  ペケが着ると完全にオーバーサイズのオレのシャツ。  着せたのは洗い立てのシャツで、オレの匂いがついている訳じゃない。  ただ、サイズ感の合わないシャツは、自分の服という感覚が薄いらしい。  余りにも可愛いコトをいうペケに、笑みが零れた。 「ははっ…、気に入ったんなら着ててもいいよ」  ぱぁっと嬉しそうな笑顔を浮かべるペケの頭を、くしゃりと撫でる。  オレは、可愛がられるより、可愛がる方が性にあっているらしい。  ポケットの中で、携帯が音を鳴らし、着信を知らせてくる。  取り出した携帯には、羽雨からのメッセージが入っていた。  メッセージを開けば、天原と羽雨のキス画像が画面いっぱいに表示された。  画像の下には、『もう、お前に引け目は感じてない。俺の新しい宝物だ』との添付の文章。  使われた携帯は羽雨のものだが、添えられた文章から察するに、送り主は天原だ。  上手く行ったんだ。  胸が、ほっこりとした温かみに包まれる。 「めいる、寂しい?」  画面を覗き込んできたペケは、声と共にオレを見上げる。 「ん?」  天原と向き合って話をして、オレの心から、モヤモヤとした感情は消えていた。  確かに、寂しくないと言えば嘘になる。  でも、心配そうにオレを見やるペケの瞳がその隙間を埋めていく。 「寂しいって言ったら、どうする?」  質問を質問で返すオレにペケは、ふんわりと抱きついてきた。 「ぎゅってしてあげる。傍に居てあげる」  オレを抱き締めながら、ぐりぐりと頭を押しつけ、甘えてくるペケ。 「ありがと」  可愛いペケの反応に、詰まるような笑いが口を衝く。  天原とオレが出会ったコトを、誤りだったと謝られた。  だけど、オレを愛してくれたコトを過ちだと…犯してしまった罪だとは、言わせなかった。  不要品と化していた家族との時間。  天原に必要とされ、大切にされ、オレは人の“温もり”を知った。  出会えてなければ、オレの人生は冷たく凍えた虚しいものだった。  オレを温めてくれたその過去を、忌むものにして欲しくなかった。  オレを愛したコトを悔いるのではなく、幸せの記憶として、その胸に刻んでおいて欲しかった。  天原に出会ってなければ、こうしてペケを愛でるコトも出来ていない。  きっとオレは、愛なんて幸せなものを知らずに、独りぼっちの寂しさだけを抱えて暮らしていた。  脇腹に咲く白いユリは、オレが愛された証拠だ。  注がれた愛は、オレの中で大きく育った。  人のものになってしまった天原に、返すコトはできないから。  オレは器を傾けて、溢れた愛を零してく。  目の前の可愛いペケに向けて。 【 E N D 】

ともだちにシェアしよう!