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1-1-5 異世界で初めて人間らしくなった俺
side:ウェルナート
前世の俺は顔良く長身、金持ちで親は会社経営。
勉強に興味は無いが常にトップ、初めて見るスポーツも難なくこなす、全く悩みの無さそうな奴だった。
唯一の欠点なのだろうか、何に対しても興味を持てない。
何をやっても誰と居ても常につまらなそうな俺。
そんな俺の上辺に興味は持たれても、実際付き合うとすぐに誰もが去って行った。
俺の方も去られても一度も何も感じた事もなかった。
ある日クラスメイトの一人から、『他の奴に薦められそうにないゲームだから』とゲーム機ごと貸し付けられたのが≪ロイヤル・ラブ≫だった。
このクラスメイトは、俺が一度だけ興味を持てそうで行ったオンラインゲームのオフ会で偶然会った。
普段は余り会話もしないが、ゲーム内で会うと喋ることがある程度には付き合いがあった。
だから俺がゲームをしているのを知ってて貸して来たわけだ。
元々友達と言える友達が居なかった俺はゲームで時間を潰していた。
攻略サイトに頼らずクリアすることが…少しは楽しかったのかもしれない。
それでもクリアすると醒めてしまった。
だからゲーム依存になるところまではいかなかった。
≪ロイヤル・ラブ≫はパッケージを見るとBL、しかも18禁になっていた。
さすがにBLには手をつけた事は無かった。
俺にとって男女の差は肉体の違いだけなので、プレイするのに抵抗は無い。
まずは試しで操作方法と設定だけ確認してプレイ。
個人的には主人公であるヒロインより、金髪紫瞳15歳の少年王子『リシェール』の方がタイプなんだが…。
数時間後にあんな事になるとは思ってもみなかった俺の初見での感想だった。
だから当然初回プレイはリシェールとのエンディング。
ヒロインとのセックス、結婚と、スチルやムービーが流れる。
なかなかヌけそうな画像と動画だが今一つ萌えない。
ヒロインよりリシェールの方を押し倒せないのだろうか…。
気を取り直して次は水色掛かった銀髪に蒼瞳のウェルナートでも狙ってみるか…。
本当は一番狙いたくないキャラだった。
こいつなんか凄く俺に似てる。
髪や目の色は俺はこんなにヤバい色合いではないが、染めたりしたら俺になるのではとすら考えてしまう。
プレイ疲れしてない内にとっとと攻略してしまおう。
「……どういう事だ…?」
6周目にしておかしさに気付く。
俺の選択肢ミスなのはわかっているが、何度やっても『リシェール』のルートに入ってしまう。
他にキャラ居ないのか?というレベルだ。
いや、居るのは知っているが、そんな邪推をしたくなるレベルで。
救いはリシェールが顔が好みだったので何回でも観てられるということ。
でもさすがに何が悪いのだろうとゲーム機とPCを繋いで、ゲーム上は余り関係無いという理由で放置していた内部データのパラメーター部分だけ、出来る限りネタバレしない程度で調べていく。
原因はすぐにわかった。
リシェールのカリスマ値が99MAXになっている。
他のキャラのパラメーターは最大でも50前後で、カリスマは最高で30。
何か他に通常ルート以外のルートがあって、そのための設定値?
もう少しだけ再プレイし、自分でメモった選択肢の組み合わせを慎重に選んでパターンを埋めていく。
そこまでしてもプレイ回数ばかり増えていく。
確かに『リシェ』は好みのタイプなので、リシェ寄りの選択肢を選んでしまっている自覚はあった。
だが一度は全ルートをクリアしたいというゲーマー魂が勝つ。
俺は人生で初めての敗北を認め、攻略サイトに頼る気になった。
…そして今に至る。
ようやく寝息を穏やかなものに変えて眠るリシェを、細心の注意を払って起こさないように、金糸のように光輝いて見える黄金色の髪を、指で掬うようにサラサラと何度も流しながら寝顔を眺める。
そうしているだけで心が穏やかになっていくようだ。
ついでに言うと達成感とか征服感とかもあるが……。
……もう元の世界とか関係ない。
ここが俺の世界で、リシェと生きて行きたい。
俺もリシェもゲームのキャラなんかじゃ無い。
リシェの髪を慈しむように一房摘んでは弄っていた。
そんな時だった、無粋な訪問者が訪れたのは。
慌てるように強いノック。
舌打ちする俺。
俺もリシェも裸なので入室を許可するわけにはいかない。
「火急の用件です!」
そう言われてしまえば聞かないわけにはいかない。
「ぅ…ん……」
僅かに吐息混じりの声が聞こえので視線をやると……やはり起こしてしまった。
どう考えても分厚い扉越しの会話は声がデカイ。
咄嗟にリシェに「喋らないように」と指示を送ると、気怠そうだが頷きが返る。
シーツを手繰り寄せて頭まで被る様子を見届けると、外との会話を再開した。
「リシェール王子は体調を崩して現在睡眠中。確かに俺の部屋に居る。具合が悪くなったので手っ取り早く俺自身の手で俺の部屋に運んだ。」
そう応えてやり、あと数回遣り取りを交わすと、丁寧な返事の後、伝言の兵が走り去って行った。
「どうし……コホ…っ!」
シーツから頭を出して、自分の名前を聞いたからだろう、今何があったのか聞こうとして咳き込む。
恐らく叫び過ぎて声が掠れてしまったのだろう。
扉から離れて寝台のリシェに近づくと、寝台備え付けのサイドテーブルに用意しておいた蜂蜜のポットの蓋を開ける。
指先に水の魔力で水を発生させて、すぐに火の魔力で温いぐらいのお湯にし、蜂蜜をそれで溶かす。
リシェがキラキラした目でその様子を見ていた。
よし、怒ってない。
蜂蜜湯を口に含むとリシェに口付けるようにして流し込む。
一瞬驚いた様に目が開いたが、すぐに目を閉じてコクコクと喉を鳴らしながら飲んでいく。
やったのは俺だが朝から刺激的で、喉に吸い付きたくなる。
今の状態で襲う程俺は鬼ではないので耐えた。
唇を解放してやると、先程の事情を説明する。
「リシェが行方不明だと、捜索の報せが来た。」
「あ……!」
リシェを浚ってから丸1日が経過している。
一国の王子がそれだけ見つからなかったらそれは事件だ。
しかもリシェはあの日人目を避けるように早く出て、これまた場所も人目に付き難かった。
剣の素振りを恥ずかしがっていたから、敢えてそうしたのだろう。
俺もそんなに時間が経っていたとは思っていなかったため、連絡をすっかり忘れていた。
行方不明やら誘拐じゃないかと慌てさせてしまった。
それは俺の今の伝言で収まるとして。
リシェが慌てて起き上がろうとして、だけど身体が痛いのか力が入らないのかで、起き上がろうとしてはベッドの上で軽く身悶えている。
…可愛い。
「もう平気だ、それは済んだんだ。もう一件別の用件なんだが…」
リシェの隣に身を滑り込ませて抱き寄せる。
不安にならないようにと。
照れた顔に朱を乗せたリシェは、恥ずかしさを誤魔化すように俺の背中に両腕を回して来る。
…いや、誘ってるんじゃない、絶対に素でやってるんだ…。
大きくなりそうだったのを散らすように、一度大きく息を吐いた。
不思議そうにしてたが特に何も聞いて来ないので、先程の続きを口にすることにした。
「リシェに国元から『一週間以内に戻って欲しい』、だそうだ。」
「……。」
リシェが息を飲んで目を伏せて考え込む。
今は病気は去った。
国同士の戦争もない。
ルキウス王国は場所としてはかなり安全。
商農安定の豊かな国だから国内事情も良好。
……こんな国なら逆に狙われそうだが設定でそうなっているから問題は無い。
もしそうなったら俺が助力すればいい。
ともかく、今は何の問題も無いはずだからこそ、第一王子であるリシェが呼び戻される程の事が起こっているということになる。
俺でさえ不安になるだろう。
考え込んでしまったリシェの後頭部をゆっくり撫でると、ハッと気付いたようにして瞳を覗き込んで来る。
不安に揺れる紫の瞳が…吸い込まれそうなぐらい綺麗だ。
「俺も一緒に行くから、平気だ。」
「えっ!?」
目を大きく開いて驚くリシェ。
そんなに予想外だったか…。
驚かれると思わなかった。
「……ご、迷惑…かけ」
首を横に振っているから遠慮の方か。
後頭部を引き寄せて、唇に触れるぐらいのキスをしてすぐに解放。
至近距離のまま、驚いた顔で頬を紅潮させるリシェに言葉を向ける。
「なぁ…交換条件ってわけではないから落ち着いて聞いてくれ。…俺と婚約してくれないか?」
「え…っ…!?」
動揺のリシェが何か言う前に続ける。
やはり拒否とかが怖いから本能で喋ってしまう。
「リシェの心を待ちたい。でも他に盗られたくもない。だから婚約…」
不味い、言ってる間にリシェの表情が済まなそうになってる。
とすると返事は……。
「申し訳ありません……私は第一王子なので国を継がないと…ウェルナート様も、ですよね?」
もしかしてさっき言おうとしてたのはこれか。
つまり恋愛以前の話だと。
『俺が嫌い』と言われたわけではない。
蜂蜜水の残りを手渡すと、こんな状況でも飲んでくれた。
手持ち無沙汰だったのかもしれない。
俺が次の言葉を口にするまでに蜂蜜水は飲み終えた様子だった。
それを待って意を決して口を開く。
反応が怖くて言い出し辛い。
「実は……リシェが寝てる間に、リシェの国に宛てて手紙を既に出してしまった。国としての正式な文書で以て『リシェール第一王子殿下と婚約したいので、第二王子殿下殿に国を継いで欲しい』って。」
「――っっ!?」
真っ赤になって絶句してしまうリシェ。
驚くやら恥ずかしいやらで、涙目で真っ赤だ。
「あ、あのっ…!それって……私が行方不明になり、ウェルナート様の部屋に泊まって具合が悪くなったすぐ後、になりませんかっ?」
あー…順序的にどう考えても、ヤったの丸わかりだな……。
しくじった…。
「済まん……」
もう謝罪しか出ない。
リシェが軽く噴き出しそうになりながら口に手を添えて返事をくれた。
「わかりました、宜しくお願い致します。」
…え?
「あんな恥ずかしい事をされても嫌だと感じないのだから……。それに、もう国元にその……知れてしまったわけですし…。」
よくよく考えたら今のリシェのステータスは『傷物の第一王子』。
外見はともかくあくまでステータスとしては、嫁にするなら他所を選ぶだろう。
結果として俺の思う壺になった罪悪感はあるが、それよりも独占欲の方が上回る。
いつも通りの『欲しい』と願っていた笑顔で了承してくれたリシェを強く抱き締めた。
「よし、今日は寝て休んで、明日は俺の国に行って親に会わせる。明後日婚約式をしよう。」
「ず、随分スピードが……」
俺の都合で全部告げたが平気だろうか?
俺が言ってから後悔する事が多いのは軽いコミュ障なんだと思う。
頭が回っても空気が読めても、とっさの判断ばかりは対話し慣れてないと難しい。
苦笑を浮かべるリシェならば何でも許してくれるんじゃないかとすっかり期待してしまっている。
『既にもうリシェ無しでは居られなくなっているんだ。』
という言葉はまだ言わない。
重くなるからな。
呼んであった王家の馬車に、どうにか回復したリシェと一緒に乗り、故国へ戻った。
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