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【1】第1話 焦燥
一体全体、何だっていうのだ。
不真面目な態度で座っている奴など他にたくさんいるのだから、そういう人を指せばいいじゃないか。俺みたいに真面目に授業を受けている生徒を、少しは優遇してほしい。
お願いします。中間でも期末でも良い点取るので、どうか当てないでください。
心の中で、無我夢中でお願いした。
「じゃあ次の現代語訳を──今日の日直誰だ? あ、花巻 、答えて」
教壇から向けられた視線に、口から心臓が飛び出そうになった。
やっぱり来てしまった。
授業で当てられるのなんて滅多にないけど、この古文の先生はその日の日直を当てることが多い。
どうか先生の気が変わって、別の人が当たりますように……そんな願いは儚くも散った。
仕方なしに椅子を引いた。ぎぃぃぃ。耳障りな音を鳴らしてしまって余計に焦る。
その場に立つと、当たり前だけど教室内の生徒の誰よりも目線の位置が高くなってしまった。
背中にダラダラと冷や汗をかく。
答えが分からなくて困っているわけじゃない。こうやって、大勢の前で発言をする行為がすごく、すごく苦手なのだ。
喉が張り付いたみたいに声を出せずにいたら「考え中か?」と先生に突っ込まれてしまい、さっきよりも皆の視線が集まった。
幻聴かもしれないが、クスクスと嘲笑うような声も聞こえた気がする。願わくば煙となって消えてしまいたい気持ちを堪えて、自分を奮い立たせた。
「……こ、この国に、ないものである……です」
なんとか言葉にできた。
ホッとしたが、開いた教科書に視線を落としたままの先生が目に入って、がく、と肩が落ちてしまう。
せっかく勇気を出したっていうのに。もう1度改めて言うしかない。
「この、国にない」
「おいどうしたー? 分からないかー?」
急に顔を上げた先生に、隣の教室にまで届きそうな声で被せられた。
逃げたい……!
俺はヤケになり、大きく息を吸い込んだ。
「この国にっ、ないものである、ですっ!!」
情けない声が教室いっぱいに響く。
やってしまった。応援団ばりの声量。
誰かが笑いを堪えきれずに噴き出した。先生も同じようにクスクスと笑っている。
「はい、正解だけど、急にそんな大声出さなくても大丈夫だぞ」
すみません……と小さく呟いた声はたぶん届いていない。
心臓をバクバク言わせながら椅子へ沈みこんだ。
ゆでダコのようになった俺は、制服のズボンで手汗を拭きまくる。
ようやくゆっくりになってきた心臓の音を聞きながら、右斜め前の席をちらっと見た。
足立 恭太郎 は、全く笑ってはいなかった。ただ真剣な表情で黙々と、ノートの上でペンを忙しなく動かしている。
それが自分にとって嬉しかったのか悲しかったのか分からないが、なんだか複雑な気持ちだった。
周りと同じように笑われても嫌だけど、かと言って何も反応がないと俺なんて全く眼中にないんだなって思わされる。
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