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第8話 自由

「わ、雪だ」  外に出ると、白い粉雪が舞っていた。  空から落ちてくる軽い粒を手のひらで受け止めると、すぐに溶けて無くなった。 「雪だから、俺の家に行こうか」  俺はマフラーに顔を埋めながら、その低い声に反応する。  雷ならまだしも、雪だからってどういうこじつけだ、と笑ってしまう。 「雪だからはやく帰った方がいいね、じゃないの?」 「明日も休みなのに、史緒が自分の家へ帰る理由はある?」 「足立って、そういうところあるよね」  素直に『泊まっていきなよ』と伝えればいいのに。  けれど遠回しな言い方も、嫌いじゃない。  今日と明日、足立のお父さんは、家には帰らないらしい。  足立は帰り際、ドラッグストアーに寄ると言って店に入っていった。  小さい茶色の紙袋を持って出てきたのを見て、ソワソワと落ち着かない気持ちになってくる。袋の中身を想像すると、勝手に顔が火照ってしまう。  男同士の、それ。  教室で男子がよくするエロ話には入ったことがないし、そういうのは淡白な方なので、男同士のやり方なんて知らなかった。  足立と付き合ってから、一体どんなものだろうと動画を探して見てしまったのがマズかった。  初心者にはどう考えても刺激の強すぎるプレイを男優さん同士がしていて、引いてしまったのだ。  感じているというより、痛くて仕方ないというような喘ぎ声に衝撃を受けた俺は、足立に白状してしまい。  男同士ってこんな風になるのかと真剣に尋ねると、足立は笑っていた。 『史緒もそういうこと、考えてくれてたんだね』と、照れ笑いをしていた。  その会話をしてから、互いにその瞬間を意識していた。  今日かな、と、足立も思ってくれていたらしい。  足立の家で、いつものように風呂に交代で入った。  後に入った俺は、足立に借りたブカブカのパジャマに着替えて、階段を上がる。  部屋にはもう、来客用の布団は敷かれていない。  調光できるタイプでしょと、あの朝に指摘した照明は、ほんの少しだけ光を放っていた。  すでに薄暗い空間で、ベッドに座る足立の隣へ腰を下ろした。 「これ、本当は史緒と買ったんだ」  書斎から持ってきたのだろう、それは『はくぶつかんのよる』だった。  橙色の淡い光に、絵本の蝶々が照らされる。  ドキドキを紛らわすように、ページをめくった。   「雄飛と勘違いしてて、ごめんね。けど買った時のことは覚えてる。俺の父親が買ってくれたんだよね」 「そうだよ。俺が史緒ちゃんと一緒がいいってお願いしたんだ」  行ったのは、今はもう別の建物が立っているが、ここから10分ほど歩いた場所にある小さな書店だったという。 「じゆうなじかんは、もうおしまい」  書いてある一文を読んでみる。  夜明けが近づいてくると、博物館にいたものたちはだんだん静かになってきて、自分のいた場所に戻っていく。  楽しかった時間は、もうおしまい。  だが動物たちは、はやくも次の夜が待ち遠しいのだろう。  そうやって日々、満たされる。 「俺は史緒と、もっと自由になりたいな」    絵本を閉じてテーブルの隅に置いた足立と目と目を合わせる。  その双眸には、いろんな気持ちの色が混じっていた。 「史緒とたくさん、一緒にいたい。高校を卒業しても、大人になってもずっと一緒がいい」  この人は、今まで何か辛いことがあった時、俺のことを思い出したんじゃないか。  火傷をした瞬間も、ほんの少し、俺の顔を思い浮かべたんじゃないだろうか。  記憶を蘇らせたくないから訊かないけど、俺は改めて、この人をもっと大切に、大事にしたいと心から思った。  この人に好かれている自分自身のことも。   「……いるよっ。足立とずっと」  両手をぎゅっと握って、少し背のびをし、足立の頬に口付けた。  2、3秒ほど静止したままだった足立は、よくできましたね、とでも言うように俺の頭を撫でてからキスをしてきた。  触れるだけのキスは、すぐに深いものへと変わった。  濡れた舌で口の中を少しつつかれただけで、腰が砕けそうになってしまう。  目を閉じると暗闇になるが、今は全然怖くなくて、むしろ安心した。  キスをしたまま、足立が俺のパジャマのボタンを順に外し始める。  その手つきは繊細で、大事にするからと宣言していた通り、決して荒々しくはしなかった。  歯列をスルッとなぞられると、身体に力が入らなくなる。  震える手でその腕にしがみつくと、足立は片手だけで器用にボタンを外しながら、片手を俺の背中に回して腰を支えた。 「史緒って、キスするとそういう顔になるんだ」  舌を絡めるキスは夏にもしたけど、あの時とは状況も気持ちも違う。  どんな顔、と訊かなくても自分でも分かる。  目元が熱く重く、目がほとんど開かない。  艶めいた口も半開きになり、小刻みに震えている。  たった数回のキスで、身も心も蕩けてしまった。

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