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第2話

 事の発端は、二ヶ月前だった。優真が一人暮らしをしているアパートの下の階に、若い男が引っ越してきたのである。 (何だか柄の悪そうな人だな)  そんな優真の勘は、不幸にも的中した。その住人は、夜中に大音量で音楽を聴き始めたのである。それも、連日にわたって。  こうして、優真の不眠の日々がスタートした。寝不足が続くと、仕事でもミスが出る。上司も、眉をひそめるようになった。  何とかしなければと思うものの、生来内気な優真は、人に苦情を言うのが苦手である。それも、怖そうな相手とあっては、なおさらだ。悩んでいたその時、優真は興味深いサービスを知った。  素人の中年男性を時間単位でレンタルする『おやじレンタル』サービスである。利用例に、『苦情を言う際の付き添い』を発見した優真は、これだと思った。迫力のある中年男性が一緒なら、さぞかし心強いだろう。  優真は、早速そのサービスに登録した。多くの男性が在籍する中で優真が目を留めたのは、ニックネーム『ヒロシ』という男性だった。彼は、プロフィールにこう記載していた。 『強面ですが、気は優しいですよ(笑)』  顔写真は非掲載だったが、自己申告するくらいだからそうなのだろう。住んでいる地域も、遠くない。思い切って相談すると、『ヒロシ』はあっさりOKしてくれた。おまけに、こんなことまで言い出したのである。 『何なら、怖い人のフリでもしようか? 俺、学生時代に演劇やってたんだよね』  頼もしそうだな、と優真は思った。話はトントン拍子に進み、優真と『ヒロシ』はこの日曜、『わたあめ通り商店街』の『ランコントル』という喫茶店で待ち合わせることになったのである。 (それにしても、本当に頼れそうな人だな)  優真は、わくわくするのを抑えられなかった。男は、予想以上に凄みのある顔立ちだったのだ。 とはいえ、造作は悪くない。むしろ、かなりの男前だった。苦み走っている、とでも表現すべきか。綺麗な黒髪をオールバックに撫で付け、顎の輪郭はシャープだ。眉は凜々しく、鼻梁も高い。鋭い眼差しは、威圧的な一方で、どこか色気を醸し出していた。

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