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第五章 抗争 第1話

翌朝目覚めると、氷室の姿は無かった。体はいつの間にか、綺麗に清められている。  コンコン、と寝室のドアをノックする音がした。とっさに身構えたが、顔を見せたのは舎弟の一人だった。昨日運転席にいた、マサだ。 「おはようございます。体、大丈夫っすか? 社長、無理するなって仰ってましたよ? 仕事場、代わりに電話しますぜ?」 もう欠勤するものと決めてかかっているらしく、マサの手には携帯が握られている。だが優真は、行くと言い張った。 「そうっすか……。でも、早めに帰って来てくださいよ? 何か社長、立花さんに話があるらしくって」  ドキリとした。ついに結婚話を打ち明ける気だろうか。 (絶対、そうだ……)  昨夜、抱きながら好きだと言ってくれた気もするが、きっと気のせいだろう。覚悟はしていたのに、いざその時が来たとなると、優真はまたもや泣きたくなってきた。 「はい、どうぞ。全部ご用意できてますんで」  マサはてきぱきと、スーツにコート、鞄を準備してくれた。 「んじゃ、お送りしますんで車の準備してるっす」  マサが出て行くと、優真はため息をついた。 (昨日はあんな啖呵を切ったけど。三百万なんて、すぐには無理だよなあ……)  あれこれ考えながら、何気なくコートのポケットに手を入れて、優真はおやと思った。中から、見覚えの無いカードが出て来たのだ。消費者金融らしき企業名が書いてある。一瞬きょとんとした後、すぐに気づいた。昨日商店街を歩いていた際、宣伝のティッシュやチラシをいくつかもらった。どうせその一つだろう。書いてある住所を確認すると、やはり商店街内だった。 (僕には関係な……、待てよ)  ゴミ箱へ放り込みかけて、優真はふと思いとどまった。自分には今、三百万という金が必要ではないか。これまでの堅実な優真なら、消費者金融なんて恐ろしいと、近づきもしなかったことだろう。だが、今は非常事態だ。 (試しに、電話してみるか……)

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