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第6話
教場の真ん中に描かれた魔法陣の中で、リーラの対戦相手であるライリーは不敵な笑みを浮かべている。
ライリーはリーラの持つ魔法力があまり多くないことを知っている。そのことで揶揄われたこともある。
リーラの存在が面白くないライリーにとって、この場は日頃の鬱憤を晴らす最適な場だとでも思っているのだろう。
ついてない……。
よりによって、相手がライリーだとは。暗い気持ちのまま、リーラは自身の使える防御魔法を頭の中で考えた。
魔法戦のルールはいくつかある。初戦の場合は時間制限があり、あまり長く続くようなら教諭が勝敗を判定で決める。
元々は、魔法使いの中でも最高位とされる魔法騎士の修練として考えられたものであるため、開始と同時に負けを認めるのは卑怯者として後ろ指をさされることになる。
けれど、ある程度時間が経てば自ら負けを認めることも許される。
とにかく、なるべく時間を稼いで自ら負けを認めるしかないだろう。そう思い、ローブを身に着けたリーラの心境は、試合開始の合図と同時に変わった。
「はじめ!」
教諭であるローガンが、言い終わるやいなや、すぐにライリーから放たれたのは風力魔法だった。
いや、ただの風力魔法ではなく、そこにはいくつもの砂利や石が含まれており、それこそ当たればただでは済まなかっただろう。
ライリーのことだ、すぐさま攻撃を仕掛けてくることはわかっていたため覚悟はしていたが、さすがにこれは卑怯ではないだろうか。
……防御魔法、あと何回くらい使えるかな。
潜在的に持っている魔法量こそ多くがないが、その分リーラは使える魔法の種類は多い。
勿論、魔法力を要するものは難しいが、ライリーに対し一矢報いる程度の魔法なら十分に使えた。
自分の攻撃魔法を防御されたライリーは、明らかに不機嫌そうな顔になり、次なる攻撃を仕掛けてきた。それもまた、リーラは応戦をする。
魔法量と力に差はあるとはいえ、ライリーが出す攻撃を一瞬で見極め、それに対して適切な防御魔法を使っているのだ。
ライリーも優秀な魔法使いではあるが、一度攻撃魔法を使い、即座に次の魔法を使えるほどの能力はまだ有していない。
そのため、リーラにも息をつく時間ができた。
一回戦目にして、なかなかレベルの高い戦いとなっているのだろう。見学していた生徒たちの話し声も、いつの間にかなくなっていた。
肩で息をしながら、リーラはライリーをまっすぐに見据えていた。
そろそろ制限時間の半分程度にはなるはずだ。負けを認めれば試合を終えることはできる。
それでも、リーラは自分から負けを認めたくなかった。それは、先ほどから繰り返されるライリーの攻撃が理由だった。
初めからライリーは執拗に、リーラの顔ばかりを狙っていた。
ライリーの方がリーラよりも上背があるため、当初は偶然かとも思ったが、これだけ繰り返されれば意図して狙っていることはわかる。
おそらく、リーラが褒められることが多いその容姿がライリーにとっては気に入らないのだろう。
女性に間違えられることはないが、自身の顔が繊細なつくりをしていることはさすがにわかっている。けれど、リーラだって好きでこの容姿に生まれたわけではない。何より、母親似といわれる自分の瞳の色や顔立ちは、リーラ自身気に入っていた。
一体リーラの何がライリーをそんなに苛つかせるのか理解できなかったが、いくらなんでもこの攻撃は卑怯すぎるだろう。
残りの魔法量は少ない。負けることは、最初から決まっていたようなものだ。それでも、一度だけでもいい。攻撃魔法を仕掛け、一矢報いたい。
体力のあるライリーとはいえ、さすがにこれだけ攻撃魔法を繰り返せば疲労も溜まるはずだ。
先ほどから何度も仕掛けられている攻撃も、間の時間が少しずつ長くなっている。
ちらりとローガンを見れば、時計の針を確認している。試合終了まで、あと数分といったところだろう。
だったらその前に……!
リーラはライリーがこちらに攻撃を仕掛けるのに構えようとした瞬間を見据える。あの手の型は、おそらく水の魔法だ。
そう判断したリーラは素早く自身の手をライリーへと向ける。淡紅色の光が瞬く間に強い風となり、ライリーへと向かっていった。
虚を突かれたのだろう。リーラの風魔法は見事にライリーへと届き、その身体を数メートルほど吹き飛ばした。
尻もちをついたライリーは、勿論リーラへの攻撃を仕掛けることはできず、
「そこまで!」
時計を確認したローガンが、試合終了を知らせるために教場に響くほどに声を張り上げた。
「勝者、リーラ」
ローガンの言葉に、静まり返っていた教場から拍手と歓声が上がる。
当初は、防戦一方であったリーラに対しどこか批判的な眼差しを向けていた生徒たちも、いつの間にやら温かい声をかけてくれていた。
「やるじゃないか」
「よくやったぞ」
リーラにそう言っているのは、これまで一度も話したことがない、普段であれば自分には見向きもしない生徒たちだった。
それだけ、諦めず最後まで戦い続けたリーラの健闘を、讃えてくれているということだろう。
集中していたこともあり、周りを見る余裕がなかったリーラは、かけられた言葉に、嬉しさで胸がいっぱいになる。
「あ……」
ありがとうございます、とみなに礼を言おうとした瞬間だった。
「お前……! 調子に乗るなよ!」
怒声とともに感じた、刺々しいまでの悪意。振り返った瞬間、灼熱の炎がリーラの目の前へと迫ってきていた。
さすがに防御魔法を詠唱する時間などなく、咄嗟にリーラは目を瞑った。けれど、覚悟をしていた熱はいつまで経っても感じることはなかった。
恐る恐る瞳を開けば。
「あ……アルブレヒト殿下!?」
リーラが目を開いた瞬間、自身の肩は力強い腕に掴まれ、目の前にはその端整な表情があった。どうやら、アルブレヒトは自身のローブを広げ、リーラをライリーの炎魔法から守ってくれたようだ。
「ヒ、ヒッ…………!」
さらに、おそらくアルブレヒトが何かしらの応戦をしたのだろう。
見るからにボロボロになったライリーが、腰を抜かして途切れ途切れに悲鳴を上げている。
「無防備な相手に攻撃魔法を仕掛けるとは、これ以上ないほど卑劣な行為だな。しかも、勝負は既についているというのに。金を積んでまで特待生の座を得ようとしていたとは聞いていたが、ここまで性根が腐っているとはな」
低く、憤りがこめられたアルブレヒトの声に、呆然としていた周囲の視線がライリーへと瞬く間に集まる。勿論、全て非難や嘲笑、そして嘲りの視線だ。
「ライリー・エプスタイン! ルール違反の罰則は覚悟できているな!?」
さらに、そこにローガンの厳しい声が降りかかる。
「あ、ありがとうございま……」
アルブレヒトの声にようやく我に返ったリーラも、すぐさま礼を言おうとする。けれど、改めてアルブレヒトを見つめてみれば、ローブは焼け爛れ、さらにブラウスも破れていることがわかる。
「殿下! お怪我を……!」
咄嗟のことだったため、おそらくアルブレヒトも防御魔法が間に合わなかったのだろう。
逞しい腕が、低温火傷のように赤く腫れていることがわかる。
「……大したことはない。それより、怪我はないか?」
先ほどのライリーにかけられたものとは全く違う、穏やかな、優しい声だった。
「だ、大丈夫です。すみません、殿下、座っていただけますか」
言いながら、リーラは自身の手のひらをすぐさまアルブレヒトの腕へと伸ばす。
アルブレヒトはリーラよりだいぶ上背がある。無礼を承知で、患部に手が届きやすいよう腰を下ろしてもらうことにした。
リーラがそう言えば、アルブレヒトは黙ってそれに従ってくれた。
もう、自身の中の魔法はほとんど残っていないし、回復魔法の使い手は教場内にもいるはずだ。それでも、自分を庇ってアルブレヒトは怪我をしたのだ。すぐにでも、回復魔法をかけたかった。
お願い……もう少しだけ力を……!
疲労感は既にピークに達していた。それでも、リーラが詠唱を行えば、なんとか手のひらから淡紅色の光が出てきた。
「エウロンか……、高度な回復魔法が使えるんだな」
魔法量を必要とするため、普段のリーラであれば使うことがない魔法だ。
けれど、アルブレヒトは何も言わないが、あれだけの攻撃魔法を受けたのだ。いくらアルブレヒトといえど、かなりの痛みがあるはずだ。
赤く腫れたアルブレヒトの腕をなんとか元に戻したくて、リーラは必死にその部分に光を当て続けた。
よかった……皮膚の赤みが消えていってる……。
高度な魔法は使えば使うほど疲労も大きくなる。額に零れる汗を拭うこともなく、心臓の音は速まっていったが、気にすることなく力を注ぎ続けた。
少しずつ、視界がぼんやりとしてくる。おそらく貧血だろう。それでも、やめるという選択肢はリーラの中にはなかった。
「助かった……もう、大丈夫だ。……おい、大丈夫か?」
そして、アルブレヒトの肌が完全に元の色に戻ったのを確認したところで、リーラの意識は完全に途絶えた。
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