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第5話

     2  実技の科目は、魔法を実践で使うことを学ぶ授業だ。  特に週に一度の本格的な実技の授業は、全学年の生徒が参加し、グループに分けて行われる。専門科目も何も関係なく、それぞれの学年でいくつかのグループに割り振られてしまうのだ。  多くの場合、初対面の生徒同士でなんとなく相手の出方を様子見しながら行われるのだが、今回にいたっては、同じグループにいたのはリーラのよく知る生徒だった。  ついていない……。  少年の顔を見たとき、まず初めにリーラは思った。  それは相手も一緒だったのだろう。リーラが教場へと入ってくると、リーラを思い切り睨みつけてきた。  栗色の髪に灰青色の瞳を持つライリーと呼ばれる少年は、リーラのクラスの中心人物で、家柄・魔法力ともにクラスで一番の少年だ。  特待生にも選ばれていたが、金銭的に恵まれているため辞退した、というのがライリーの口癖だ。  そして、自分の代わりにリーラが特待生に選ばれたのだと、そう主張している。  けれど、実際はそういった事実はないことをリーラは知っている。  名のある貴族の家庭の子息でも、特待生になっているのは珍しいことではないし、そういった場合、特待生という地位を得たまま学費の支払いは行い、給費生の枠だけ他の生徒に渡している。  王族であるアルブレヒトとエーベルシュタインなどまさにこの典型だが、勿論それを自ら口にすることはない。  特待生にしか知られることはないシステムであるため、ライリーはこのことを知らないのだろう。  ライリーは優秀ではあるが、筆記試験で一度もリーラに勝てたことはない。  しかし、それを認めることができないため、周囲にはことさらに本来の特待生は自分だったと主張するのだ。   おこぼれで特待生の地位を得た平民のベータ、そんなふうにライリーが吹聴すれば、自然とリーラへの周囲の生徒たちの視線は厳しいものになる。  とはいえ、リーラは普段はこれといってそのことは気にしてはいない。  陰で何かしら言われていることには多少の嫌悪感はあったが、元々が育ちの良い貴族の少年たちだからだろう。物を隠されたり、何か情報を伝えられなかったり、そういった陰湿なことはされていなかったからだ。  さらに、クラスにはミヒャエルやティルダがいるため、寂しさを感じることはなかった。  全ての人間と仲良くするのは難しい、だからこそ、ほんの数人でも自身のことをわかってくれる人間がいれば十分だと、リーラはそう思っている。  ライリーもまた、根っからの悪人ではなく、試験前には懸命に勉強をしている姿を何度も見かけていた。  名のある貴族の出という生まれや、アルファ性という立場。おそらく幼い頃から厳しい教育を受けてきたのだろう。  そういった重圧の中で育てられてきたことを考えれば、リーラのような存在が面白くないのも、理解できないこともなかった。  地方の田舎町で平民の子として育てられ、村で唯一の医師である義父から勉強を教わった自分の子供時代からは、想像がつかないほどの大変さのはずだ。そう考えれば、リーラはとても自由で幸せな子供時代を送れたと思っている。  しかしそれは、あくまでリーラがライリーに対し優位な立場でいられる座学での話だ。  魔法を実際に使う実技の訓練ともなれば、魔法力の多くないリーラは圧倒的に不利な立場となる。  何事もなく、無事に終わるといいんだけど。ニヤニヤとこちらを見つめるライリーたちの視線を受けながら、人知れずリーラはため息をついた。  しかし残念ながら、担当教諭とともに入ってきた生徒の登場により、そんなリーラの儚い願いは崩れ去った。  年若い教諭とともに、その人物が教場へ入ってきた瞬間、広い教場にいた生徒たちの雰囲気がわあっと湧いた。  ……ア、アルブレヒト殿下?  ダークブロンドの髪に、空色の瞳を持つ少年は、つい先ほど中庭で目にしたアルブレヒトだった。 「ローガン先生! どうしてアルブレヒト殿下が!?」 「殿下も今日の実技の授業に参加されるんですか?」  全学年の生徒の参加が義務づけられている実技の授業ではあるが、例外もあった。それが、アルブレヒトとエーベルシュタインだった。  どちらも一学年の頃はそれぞれ授業に参加していたそうなのだが、力の差が周囲の生徒たちに比べてあまりに大きく、教諭にすら教えることが憚られた。  王族である二人は、幼い頃から難度の高い魔法を教えられている。それに加え、彼らは元々の魔法力が潤沢だった。それこそ教諭によっては教えられることは何もないだろう。 「みんな落ち着いて。今日の授業は特別にアルブレヒト殿下に参加してもらうことになったんだ。ここに集められたのも、各クラスで優秀な成績を持つ者ばかりだ。トーナメント形式の魔法戦を行ってもらい、最終的には殿下と試合をしてもらう」  教諭の言葉に、さらに教場内が盛り上がる。なんとなく予想はしていたが、魔法戦という言葉に、リーラは思わず額に手を当てた。  魔法戦というのは、所謂魔法を使った格闘戦であり、武器は使わずに互いの魔法力のみで相手を攻撃するのだ。  攻撃魔法も防御魔法も使うことができるため、実地の訓練としては最適な方法ではある。  一般生活の中で使うことは滅多にないが、軍の中にある魔法騎兵科に所属することになれば、戦場では大いに役立つ。  あくまで試合であるため、相手に怪我をさせないようにとの配慮はされているが、回復魔法もあるため、重篤な怪我でなければそれほど問題になることはない。  よく見れば、ここに集められているのは軍科の生徒がとても多い。成績が良い魔法力のある生徒たちにとって、軍科は花形の専門学科だ。  そして、軍科の生徒たちであればこういった魔法戦など慣れたものだろう。  まずい……なるべく早い段階で、負けを認めないと。  攻撃魔法を使うには、膨大な魔法力を使う。元々体内にある魔法の量が多くないリーラにとっては、とてつもなく不利だ。  組み合わせを考えているローガンを見つめながら、あまり魔法力の強くない相手と当たることをリーラは祈った。

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