6 / 14

6 離れた夜は電話したい

 お盆に合わせ、侑はお母さんの実家へ遊びにいった。新幹線で二時間弱と然程遠くはないのだが、一泊してくるらしい。    行きの電車の中、侑はお母さんのスマホを借りてしきりにメッセージを送ってきた。どこどこの駅に着いたとか、こういう駅弁を食べたとか、車窓からの風景を写真付きで送ってくれたりもした。    新幹線を降りてからはしばらくメッセージが途絶え、次に着信したのは夕方になってからだった。畑で夏野菜を穫ったとか、お墓参りに行ったとか、おやつはスイカだったとか、従妹の赤ちゃんの写真とか。    晩御飯の時間になると着信はまちまちになる。夕ご飯は天ぷらとお刺身だって、の後に、これからお風呂に入るね、と来る。お母さんがうるさいからそろそろ寝るね、おやすみ、と送られてきたので、健もおやすみと返した。以降ずっと着信はない。当たり前だ。寝たのだろう。    夜更け過ぎ、健も休もうとベッドに横になった。すると突然、見計らったように電話が鳴る。侑のお母さんからだが、どうも怪しい。案の定、侑がお母さんのスマホを借りて掛けてきていた。   「にーちゃん! よかった、起きてたぁ」 「……どうしたの、こんな時間に。もう寝るんじゃなかったの」 「だって、眠れなくって……ほら、枕変わると寝れないって言うし」 「うちではそんなこと一度もなかったけど?」 「あ、そっか……」    侑は困ったように口籠る。   「で、でも、眠れないのはほんとだもん。去年とかは普通だったのに……」 「だからって僕に電話しなくてもいいでしょ。布団入って目瞑ってれば自然と寝られるんだから」 「むー……でもぉ……」 「ていうか、お母さんに黙ってスマホ使ってるんでしょ。こんな時間まで起きてるって知れたら怒られちゃうよ」 「それは大丈夫。母さんお酒飲んでたから。朝まで絶対起きないよ」 「でも他にも大人の人いるでしょ。見つかったらやっぱり怒られるよ」 「おじさんとおばさんとしおりちゃんはもう帰ったし、じいちゃんとばあちゃんも全然寝てるから。平気だよ」    侑は食い下がる。無下にして電話を切ることもできない。   「ねー、いいじゃん。ちょこっとお話するだけ。にーちゃんが寝たくなったらやめるし。ねーぇ、いいでしょ?」 「……ほんとにちょっとだけだよ」 「ほんと!? やったぁ」    侑は無邪気に喜び、今日あった出来事を詳しく話し始めた。お母さんが駅で迷って乗り場を間違えたとか、向こうの駅へはおじいちゃんが車で迎えに来てくれたとか、お墓参りでどんなお手伝いをしたとか、スイカは三角に切って齧り付いたとか、従妹の赤ちゃんがかわいいとか泣き止まないとかいう話。   「あのねー、お庭がすっごく広くてね、向日葵がいーっぱい咲いてるの。おれの背より高いんだよ。かくれんぼして遊んだんだ」 「明日写真撮って送ってよ」 「あ、そーだね。忘れてた。遊ぶのに集中してて。あとね、夜は蛍見に行ったの。家の近くにね、ちょっと山の方なんだけど、川があってね、毎年蛍が飛んでるんだ」 「今時珍しいんじゃない? 僕は見たことないから、羨ましいな」 「あっ、ごめん。また写真忘れちゃった」 「いいよ。暗くて危ないから」    健は軽くあくびをする。   「にーちゃん、眠い?」 「少しね」 「あ……でも、まだ寝ないで」 「まだ話し足りない?」 「うん……」    侑は何やら恥ずかしそうにもじもじし始める。スマホを右手で持ったり左手で持ったり、うろうろと歩き回ったりしているようで、忙しく落ち着かない。   「侑?」 「ご、ごめん。えっと……あの、ね……」 「ん?」 「あの……だって、寂しくて……」    か細い声が、耳元で囁く。   「にーちゃんに会えないの、寂しい」 「さ、寂しいったって、普段だって毎晩一緒にいるわけじゃないでしょ」 「でも、いつもはこんなに離れてないもん。にーちゃんが隣の部屋にいるって思ったら寂しくないし、ベランダから見えたりするし……」 「そんなこと言ってたら、修学旅行にだって行けなくなるよ」 「別にいいもん。行かないもん」 「わがまま言わないの」 「ねー、にーちゃんもこっち来てよぉ」 「そんなの無理だよ」 「だってぇ……」    侑は切なげな声を出す。   「……ちんちんが変なの?」 「え?」 「だから、よく言ってるでしょ。ちんちんが変になったって。今もそうなの?」    我ながら何を言っているのだろうと健は思う。   「あ……ううん。今は変じゃない」 「そう。なら早く寝――」 「けど、にーちゃんが言うから、変になってきたかも」    しまった。とんだ藪蛇だ。頭を抱えてももう遅い。   「どうしよ、にーちゃん……ちんちんむずむずしてきた……」 「じ、自分で何とかして」 「にーちゃんがなんとかしてよぉ……」 「む、無理だってば」 「じゃあどーしたらいいの? このまま寝るなんてやだよぉ……」    仕舞いにはぐすぐす泣き始める。   「どうしよう、にーちゃぁん……」    捨てられた子犬みたいな声で言われても、困ってしまう。今までのように健の手で発散させてあげたくても、物理的に不可能なのだ。できないものはできない。   「……侑、今どこにいるの? 周りに人はいる?」 「え? えと、縁側だから、一人だよ。みんなお布団の部屋にいる……」 「手は綺麗?」 「う、うん。お風呂入ったから……なんでそんなこと訊くの?」 「手が汚いとばい菌入るからね。じゃあ、まずはズボンとパンツを脱いで」 「え? え?」 「変なの治したいんでしょ」 「う、うん……」    侑は戸惑いながらも服を脱ぐ。   「……いつもは、こんな風にしないのに」 「脱げた? 寒くない?」 「全然。暑いよ」 「そっか。じゃあ、えっと……ちんちん、どうなってる?」 「どうって…………ぴょこん、って感じ」    擬音のチョイスが素朴で可愛らしい。   「ねー、これ、なんか恥ずかしいよ……こんなとこでパンツ脱ぐなんて……」 「でも、これからもっと恥ずかしいことするんだよ。僕が前にやったみたいに、自分でちんちんごしごししてごらん」 「えっ、でも……」 「大丈夫だよ。楽な姿勢でいいからね。ほら、右手でちんちん握ってごらん。優しくだよ。ぎゅってしたら痛いからね」    ごそごそという衣擦れの音が微かに聞こえる。   「こ、こう? おしっこする時と違うけど……」 「違っていいんだよ。そしたら、優しく擦ってみて」 「え、えと……」    しばし間が開く。声はなく、困惑したような息遣いだけが聞こえる。   「に、にいちゃ……これで、いいの?」 「僕がしてたのを思い出して、同じようにすればいいんだよ」 「に、にいちゃんのこと思い出したら、もっとさみしくなっちゃうよぉ」 「寂しいの?」 「さみしい……」 「侑は本当にかわいいね」    本音が口を衝いて出た。電話口で、侑がまた戸惑う。   「か、かわいい? おれ?」 「うん。侑がかわいいって言ったの」 「あ、え、……?」 「かわいいって言われるの、好きじゃなかった?」 「んぁ、でも……い、いま、いわれると、なんか……」    吐息が熱を孕む。   「すごく、ぞくぞくってして……さ、さみしいのに、にいちゃんのこと、どんどんすきになって……」 「やっぱりかわいい」 「い、いわないでよぉ……もっとへんになっちゃう……」 「そういうの、気持ちいいって言うんだよ。言ってごらん、気持ちいいって」 「き、きもちい?」 「そう。言ったらそれだけ気持ちよくなれるから」 「き、きもち、いい……」    服の擦れる音と息遣いが一層激しくなっていく。   「先っちょもごしごししてごらん」 「先っちょ……?」 「うん。僕も前にしてあげたことあるでしょ。敏感だから優しくね」 「ふぁ、?! やっ、ぁ、あっ……に、にいちゃ、きもち、これ、きもちいよぅ……っ」    声が震えている。絶頂が近いのだろう。   「イキそう?」 「い? わ、わかんない、きもちいっ……」 「何か出そうな感じでしょ? そしたら、少し強く握ってもいいから、手緩めないで、ごしごしして」 「うんっ、んんっ、……ぁだめ、だめ、きもち、ぁあ、」    座っていた姿勢から、ころんと横になる。   「あぁっ、にいちゃ、くる、くるよぉっ……、いっしょにきて、にいちゃ、きてぇ……っ」 「うん、一緒にいくから」 「ふゃ、あ、にいちゃ、ぁ、すき、すき、すきぃっ……――んぅう゛っっ!!」    達した。ぜえぜえという忙しない息切れだけが聞こえる。   「侑? 大丈夫?」 「……は、ぁ、にいちゃ……ちゅー、したい……」 「帰ってきたらね」 「ん……ねむい」    電話越しにでも移ってしまいそうな大きなあくびをする。   「おやすみぃ……」 「ちょ、ばか、パンツとズボンくらい履いて寝なさい!」 「うん……」 「それに縁側なんかで寝たら、床は硬いし風邪引くよ。布団まで戻りな」 「んーん、わかってるよぉ……」    などと言って、電話は切れた。健は一人、マンションの一室に取り残されたような心地がした。    結局、一応服は着たものの寝室までは戻れず、縁側で夜を明かしたらしい。通話履歴を消去するのも忘れていたため夜更かしと長電話がバレ、お母さんにしこたま怒られたそうだ。

ともだちにシェアしよう!