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第1話

『明るいムードメーカー』  今までの友人たちはおれのことを大体こう言う。たぶん、騒がしくて、よく笑ってるからとかそういうところがある。飲み会とかもよく参加しているし。家庭教師のバイトをしていても、生徒たちには悩みがなさそうとか言われる。  だから、こんなことをしっているのは知り合いにはいない。 「ん……っ、ぁッ」  後ろに大きなモノが入って、良いところを掠めていく。もっとちゃんと当ててくれ、と思いながら腰を揺らした。四つん這いになっているおれを犯している男は楽しそうに笑った。 「初対面でこんなに腰揺らしてエロいね」 「は……ぁ、うっ……」  良いところに当たらないから揺らしてるだけ。言葉の割に上手くないセックスに、舌打ちしたくなる。奥を無理矢理突くだけなんて、苦しいだけなのに。コイツとはもう二度と会わないと心に決めた。  男はそんなおれに気づかず、そのまま激しく腰を動かして、ゴム越しに射精した。感じたフリの声だけあげて、さっさと抜いてくれないかなと冷静に思った。  ずるりと抜かれて、そのままシャワーを浴びると一応声をかける。男はベッドでごろんと寝転んで了承の言葉を返してきた。まだ熱を持った自身を仕方なく風呂場で処理する。本当に自己満しかしないヤツに当たって、運がない。  ……まあ、そもそもこんな風に見知らぬ男をひっかけてセックスしているおれも、中々ヤバイやつだけど。  そう自嘲しながら、シャワーのコックを捻った。  今日は、表の顔で家庭教師のバイトをする日だ。今日は新しい子との顔合わせだ。子、といっても男子高校生だけど。  ちゃんと言ってることを素直に聞いてくれる子だといいんだよなー、と思い馳せる。勉強法にこだわりがあって、それを突き進むのはまだいい。さすがに出した課題を明らかに答えを写しました、とかだとこちらも成績を伸ばすのが難しい。  バイト先からもらった住所に着いた。普通のマンションの一室だ。インターフォンを押すと、はい、と低い声が応答した。   「今日から家庭教師で来る予定になっている木藤です」  そう言うと、また低い声が返事をしてぷつりとインターフォンが途切れる。少ししてドアが開いた。  ……大きいな。  でてきたのはたぶん180センチくらいある男の子だった。細身だけど、ガリガリというほどの印象じゃない。黒髪で、女の子でいうショーとかボブくらいの長さになっていて、妙な感じだ。前髪も長くて、切長であろう目がちゃんと見えない。口元にあるほくろだけ、やけにはっきり見える気がする。 「木藤先生、どうぞ」  さきほど応対した低い声だった。良い声してるな、と思いながらお邪魔する。 「ええと……俺が教わる予定の、小鳥遊 誠です。よろしくお願いします」  スリッパを履いて、リビングに行く前にそう挨拶された。礼儀正しい子だ。リビングに通されると、母親であろう方がいた。小柄で、にこやかに笑いかけてくる。ただ、控えめに言っても美人な人だった。  小鳥遊くんの母親と、小鳥遊くん本人とおれで、教えていく方向性を話しあった。何が苦手とか、目標としている大学はあるかとか。まだ高校二年生の小鳥遊くんは志望校を決めていないけれど。 「とりあえず、国語とか英語が苦手みたいで。理系科目はいいんですけど」  そう母親がチラリと小鳥遊くんに視線を向けると、バツが悪そうに顔を背けた。背が高くて声が低いけど、やはり彼も子供なんだな、と思った。  理系科目の偏差値を聞いて、そこまで国語と英語の底上げをしようというのがメインになった。理系科目もわからないものは聞いて良い、ということにした。 「これからよろしくお願いします、木藤先生」  そうぺこりと小鳥遊くんが頭を下げた。  小鳥遊くんは、教えやすい子だった。ちゃんと課題もするし、勉強法も試してきてくれる。ダメな時はもちろんあるし、それはおれのせいだったりもするけど。  何回か通った時に、髪の毛のことが気になって聞いてみた。 「なんで髪の毛そんな長くしてるの?」 「ああー…髪の毛短くしてたら、街で声かけられて面倒臭くて」  贅沢な悩みだった。ちなみに勉強中は髪の毛を縛って、前髪はピンで止めている。初日では髪型に目を向けていてわからなかったけど、美形だった。切長の瞳に鼻筋も通っている。口元のほくろが無駄に色っぽくて高校生には見えないかもしれない。 「ナンパとか?」 「それももちろんそうですけど、勧誘とかもありますね」  逆ナンも芸能界の勧誘も、普通の人ならしない経験を彼はしていた。 「まあ、その顔ならありそうだもんな」 「でも、先生も別にモテるでしょ」  その言葉におれは苦笑で返す。ゲイであるおれが女にモテたって意味はない。男がひっかけられてるのも、若い体だからと思っているし。  会話をしながら小鳥遊くんは問題を真面目に解いていた。その横顔を見て、男にも女にも苦労しないんだろうな、と思った。  一時間くらいして、小鳥遊くんからおやつがあるから食べるかと言われる。家庭教師のバイトしていると、その家でおやつを頂くことも多かった。 「コーヒーと紅茶、インスタントですけどどっちがいいですか?」 「どっちでもいいよ。ありがとう」  そう聞いて、小鳥遊くんが席を外す。少しすると、おやつのクッキーとコーヒーを持ってきてくれた。いただきますと言ってから一つ摘む。口に含むと、さくりという歯触りで甘い風味が広がる。小鳥遊くんもクッキーを口に運んでいる。  おれはいつもおやつの時間は、担当している子について話をきく時間にしていた。小鳥遊くんにも同じように話しかける。 「小鳥遊くんは部活とかしてる?」 「軽音楽部。幽霊部員ですけど」 「へぇ?」  なぜ行ってないのか聞いていいものか考えてると、小鳥遊くんが笑った。 「別に大した理由じゃないですよ。複数人から告白されて面倒になっただけなんで。学校外でバンドも組んでますし」 「そんなこと言ったら刺されるぞ、モテない奴に」 「木藤先生は大丈夫でしょ」  いつの間にかよくわからない信用をされている。コーヒーを口につけながら、小鳥遊くんは続けた。   「モテないやつの僻みを受けてるから行ってないんすよ。でも、先生にそういう視線受けたことないですし」 「え、あ、そう?」  確かに僻みとか妬みとかはない。四つ下だからというのもあるだろう。あとゲイであるおれが男子生徒を持つ時は好きにならないように、とそういうことに意識を割いているせいかもしれない。 「先生は部活何してたんすか?」 「中学はバスケしてたけど、高校は帰宅部だったよ」  高校時代は勉強漬けの毎日だったなぁ、と数年前の記憶を遡る。あの日々には戻りたくない。  ……あの頃のおれは、見知らぬ男とセックスするようになるなんて思ってなかったよなぁ。少し苦いものを感じて、それをコーヒーで流し込んだ。 「先生いい大学ですもんね。勉強がっつりしてそう」 「ぼちぼちしてたよ、そりゃね」  小鳥遊くんもそれに続くように頑張りましょうと、休憩を閉じた。 ―――――――――――――――――――― 「タバコ吸うの意外だね」  ベッドで座ってタバコを吸いながらスマホを弄っていると、そう言われた。男もおれも裸のままでベッドの上にいる。 「そう?」 「たぶん、童顔だからかな」 「ああ、それは確かに言われるかな」  ふー、と男の顔を見ずに紫煙を吐く。名前も覚えてない男がするりとおれの顎をなでて、そのままキスしてきた。ぬる、と入ってくる舌を受け入れる。気持ちがいいキスをしてくるこの男はアタリだ。タバコの火を消して、そのままベッドに押し倒された。 「似合わないから辞めたら? タバコ」 「あー……気持ちいいこと好きだからなぁ」  暗にセックスを好きと言うと、男の目がギラついた。さきほどまで入っていた穴を指でいじられる。すんなりと指が入って、気持ちいいところを擦られる。 「ンンッ、ぁっ」  気持ちよさそうな声を上げると、男は満足そうに笑う。しこりをねちっこく触られて、体がビクビクとはねた。 「は、ァッ……指もういいから……挿れて……?」  首に手を回して強請る。男はゴムに手を伸ばした。そのまま快楽を貪る夜を過ごした。  たくさんセックスをした次の日はだるい。だるいけど、やるべきことはしなくてはいけない。今日は小鳥遊くんに教える日で、いつも通り教えていた. 「……木藤先生って恋人いるんですか?」  小鳥遊くんから急にそんな言葉をかけられた。驚いて彼の顔を見ると、自分自身のうなじをとんとんと指差している。意味がわからなくて少し首を傾げた。 「キスマーク、うなじの上の方についてますよ」 「えっマジで」  自分では見えないうなじにパッと手を当てる。思い当たるのは、昨日の晩セックスしたねちっこい男だ。バッグでしている時にでもつけたんだろう。  セックスも上手かったし、あっちから頼まれて連絡先も交換した。次いつするかとか、ついさっきもメッセージがきていたことを思い出す。授業が終わったら、さっさと連絡先を消してしまおうと決心する。付き合ってもないのに、こんなことする奴は大抵碌でもない。 「ソコじゃないっすよ。ここらへんです」  そんなことを考えてると、するりと小鳥遊くんの長い指がおれのうなじに触れた。くすぐったくて、びくりと肩を揺らしてしまう。触れたところは本当に髪の際のところだった。 「あー……まじか……」  襟が高い服とかパーカーなら隠せるとかでもなくて、面倒臭いことされたなぁと思った。そんなおれの様子を小鳥遊くんの黒い瞳が見つめていた。 「なんか……その反応、恋人っぽくないっすね」 「え?……いや、驚いてただけだよ。見えない場所だし」  そういえば最初にそう聞かれたんだったと思って、誤魔化す。彼はまだ高校生だし、それくらいの配慮はしたい。  小鳥遊くんは納得がいってない様子で目を細めた。 「どんな相手なんすか、恋人」 「……それ、小鳥遊くんに関係ある?」  どんな人と聞かれても答えられないおれは、ずるい言い方で逃げようとする。 「関係は、確かにないっすね」  そう小鳥遊くんがポツリとつぶやいた。その様子に大人気ない言い方だったな、と反省する。 「……ごめん、嫌な言い方した」 「いや、俺も詮索してすみません」  お互いに謝るけど、妙な雰囲気が流れる。あの男がキスマークをつけなければこんなことにならなかったのに、と心の中で恨んだ。  小鳥遊くんと少しギクシャクしながらも、家庭教師のバイトを続けていた。その日はバイトもなくて、特に用事もない日だった。また男をひっかけようかな、と考えて夜の繁華街にきていた。大学からも自宅からも、遠からず近からずな街だ。  誰か良い人いないかな、とふらふらと歩いてた時だった。 「あ、木藤くん」  声をかけられて振り向く。見たことのある顔だった。名前は思い出せないけど、おれのうなじに無断で跡をつけた男である。    コイツとの連絡先を消すのも面倒くさかった。なんで、とかそれくらいで、とかねちっこく聞かれた。最終的には無視して、ブロックしたのだ。 「また男探してるの? 暇なら相手してよ」 「いや……アンタとはしないって」  面倒臭そうだし、と心の中で呟いて、離れようとする。しかし、おれが離れる前に腕を掴まれてしまった。男がニヤリと笑う。 「誰でもいいなら、俺でもいいだろ?」 「そうだけど、あんな面倒臭いことされんのヤダ」  そう言って腕を振り解こうとするけど、力が強くてできない。どうしたもんかな、と考える。  たしかに、相手自体は誰でもいい。キスマークを付けたり、ゴムをしなかったりしなければ。リピートするなら、セックスが上手くないとダメだけど。  コイツ確かにセックスは上手かったんだよなぁ、とか頭の中で考える。 「キスマークはつけないからさ」  男がしつこくそう言うから、もう諦めてコイツでもいいか、と思って口を開こうとした。  その時におれを掴んでいた手を、掴む腕が現れた。驚いてその腕の主を見る。おれを庇うように背中を向けていた。背が高くて、女の子のショートくらいの黒髪。  ……小鳥遊くんだ。 「離してもらえますか」 「は? 誰……」 「離して、もらえますか」  いつもより低い声で、二度同じ言葉をかける。タッパのある体とその声に、男がたじろいで腕の力が緩んだ。  その瞬間に男の腕を引き離して、代わりにおれの腕を引っ張って走り出す。おれは年下の彼に引っ張られる形で、その場を離れた。ちらりと後ろを見ると、男は呆然としていて、追ってくる様子はなかった。  人混みに紛れるように駆けて、少しして早歩きに変わる。その間小鳥遊くんは何も言わなかった。  おれはというと。  ゲイであることがバレた、と、焦っていた。  ……どうにか、家庭教師の会社には言わないでほしい、とか頭の中にそんな自分自身のことばかり回ってしまう。助けてくれたのに。 「……木藤先生、話したいんで……個室の方がいいと思うんで、カラオケとかでいいですか」  そう小鳥遊くんに言われて、おれは大人しく了承した。  適当なカラオケの店に入って、二人で部屋に入る。ドリンクバーなんて見向きもせずに。二人で座って、何から話せばいいのかわからず、無言な時間が過ぎた。モニター画面が流行りの曲を紹介していく音だけが部屋に流れる。 「……小鳥遊くん、ここ、高校の最寄りでもなんでもないよね……?」  おれからやっとでた言葉は、どうでもいい質問だった。 「外で組んでるバンドの、練習スタジオがここらへんなんです」  そんなおれの質問にも律儀に答えてくれた。ただ、小鳥遊くんの切長な目が俺を射抜く。 「木藤先生……ゲイなんすか?」  その質問に心臓が嫌な音を立てた。そりゃ、男とあんな風に揉めてたらバレる。わかってはいた。 「……家庭教師の会社、には、言わないでくれる……?」  情けないことに声が震えた。知り合いにバレることは怖い。どうしても。俯いて、手のひらで顔を覆った。  そんなおれの様子に、小鳥遊くんが黙る。沈黙が痛い。  しばらくして小鳥遊くんが言った。 「……言わない代わりに、俺と付き合ってくれます?」  予想外の言葉に、おれは驚いて顔を上げて彼の顔を見た。黒い瞳と視線が合う。 「……別にいいけど……それ、小鳥遊くんにメリットある?」 「……は?」 「おれと付き合うメリットなくない? 別に困ってないでしょ」  そう言うと、小鳥遊くんが信じられないようなものを見る目で見てくる。 「……本気で言ってます? それ」 「え? うん」  そう言うと小鳥遊くんが長いため息をついた。なんなんだ。 「わかんなくていいんで、オッケーってことでいいですか?」 「あ、うん……?」  おれの煮え切らない返事に、小鳥遊くんが困ったように笑った。 「じゃあこれからよろしくお願いしますね、先生」  こうして、おれは教え子と付き合うことになったのだった。

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