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第2話
「はじめまして。佐高さん、ですね」
おい、日本語喋れるんかい。
「総務から参りました佐高了です。よろしくお願いいたします」
「了って、とてもいい名前ですね。完了や終了、何かを区切って終わらせる、縁起のいい意味だ」
しかもペラペラ。なまりもアクセントも全くない、綺麗な標準語だ。拍子抜けた後に、安堵がどっとやってきた。
「あ、ありがとうございます。えっと」
「福嶋志恩です。これからよろしくお願いします」
差し出される大きな右手と握手を交わした。
事の発端は一週間前。
総務課のチーフがいきなり『佐高くん、ちょっと』と手招きし、前触れもなく内示を始めたのだ。
「明後日から米本社よりエグゼクティブマネージャーが社内コンサルタントとして来るんだが、うちから専属の秘書を一人希望されてね。結論、君がそのポジションに就くことになった」
「えっでも米本社ってことはその方おそらく外国の方ですよね? 僕、英語なんてろくに話せません」
了の勤めるH&L社は健康器具や衛生用品を幅広く扱う会社で、いわずもがな日本国内では業界一位のシェア率を誇りアメリカに経営母体があることも影響してか何かしら外国にルーツを持つ社員が多い。大学の専攻も日本文学だったし、英語がほとんど話せない了は社内でも極めて珍しい存在だ。そんな自分になぜ突然白羽の矢が立ったのかさっぱりわからない。
「だーいじょうぶ大丈夫。君、英文メールで打てるだろう?」
「チーフ…今どきの翻訳アプリの性能をご存じですか? カメラで読み取ればリアルタイムで翻訳してくれるんですよ…」
お世話になっている画面を起動して見せると「すごいなあ、SF映画じゃん」と上司はあさっての感心をしている。
「だって、リクエストに当てはまるの君しかいなかったんだからしょうがない」
「リクエスト?」
「うん。『アニメに出てくるような交友的で癒し系のサポーター』」
どんな雑な要望だよと了はムッとする。
「抽象的すぎませんか。それに僕よりもっと社歴の長い適任者がたくさんいらっしゃるじゃないですか」
チーフは意味ありげに声を潜めた。
「ここだけの話ね。その人、聞いてびっくりの上も上、全会社内で十人しかいないトップアナリストなんだって」
それは確かにすごい。なにせ世界的大手企業の中の、さらに上位十番だ。でも、だから何だというのか。
「まあ日本本社は前回の商品展開で大コケしちゃったからテコ入れに気合入ってるっていうのはわかるけど…ともあれその人、キレッキレの鬼軍曹でめちゃ怖いらしいんだよ。そこで君の出番。佐高くん気性は穏やかで浮き沈みないし、友達も総務以外に分け隔てなく多いでしょう? その性格を活かして巫女としてアナリスト様のお怒りを沈めといてほしいわけ」
チーフの言うとおり人間の好き嫌いはない方だが、その性格の根源は了がゲイである故だと自分では分析している。
早くから自分の性癖に気づいたため、友達だけは多く作ろうと日々努力してきた。結婚や子供が出来なくてもそれなりに寂しくない老後を送りたいのだ。
しかしその努力は決して巫女になるためではない。
了は肩を落とした。
「…すっごく荷が重いです。それに、秘書なんて僕やったことないですし」
「ま、所詮総務から動かすんだし仕事内容は向こうも容赦してくれるよきっと。お茶汲みとかじゃない? もう決まっちゃったことだからとにかく三ヶ月頑張りなさい」
本当に理由はそれだけだろうかと疑いたくなるような奇妙なリクエストだったが、三年目の平社員は頷くしかなく、のこのこ着任してきたというわけだ。
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