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第3話

 回想を含めまじまじ観察していた了以上に長い時間、福嶋もこちらの顔を眺めていた。そして突如大きく頷きながら「素晴らしい」とつぶやく。 「は、はい?」 「シャープすぎない輪郭、黒々とまあるい瞳、ちょこんとキュートな鼻…リクエスト通りだ。まさにアニメに出てくるような交友的で癒し系のサポーターです。人事の適切な選別に感謝します」 「は、はあ。ありがとうございます」  目が合うとニコッと柔らかな笑顔が返ってきた。  ご期待に添えたらしいが、こっちはいまいち手放しに喜べない。絵で描けそうな外見って、決して褒め言葉ではなないだろう。 「それより良かったです、てっきり会話が英語になるものだと。あの、なったところで話せませんが」 「私、血筋は日系三世ですから。父方の祖父母が生粋の日本人なので日本語は教養の一環で家庭内で学んでいました」 「だからそんなに流暢でいらっしゃるんですね。それに、お名前も日本語ですし」  額からいったんぎゅっと食い込んだ高い鼻のラインや二重の深くて大きい幅などは日本人離れしている一方、言われてみれば確かに東洋も感じさせる要素が混じっていた。  全体的に見るとどことなく親近感がある顔立ちだ。  物腰もとても穏やかだし、この人のどこが鬼なんだろう、と内心で首を傾げる。 「でも日本へは幼少期に数回、短期の旅行で来たのみですし、使い方が間違ってる箇所も多々あると思いますので、見つけたら遠慮なく教えてください」 「今のところ、どこも不自然には聞こえないですよ」 「それは良かった。さて、僕が遥々ここにきた理由を了はもちろん知っていますね」  なんのためらいもなくいきなり名前呼びをされて面食らう。  さすがメンタルは完全欧米産だ。 「はい。日本支社の内部コンサルティングだと伺いました」 「その通り。経営悪化に関わる根元の原因追求と改善が僕の任務です。そのために人事、業務、マネジメント全部門に三ヶ月でメスを入れます」  その規模の大きさに一般社員の了は考えただけで滅入ってしまう。  しかし福嶋の口調は天気がいいので散歩でもしましょうなんて朗らかさだ。  普通は年単位で取り組む規模の大仕事なのに全然重労働には見えない。  スーパーマンには朝飯前の業務なのかもしれないが。 「早速了にはまずヘルスケア全社員の名簿を作ってもらいます」 「社員の名簿ならデータベースにアクセスすれば顔写真付きの一覧が載っていると思いますが…」 「既に確認しました。僕が求めているものはもっと人間的な要素です」 「と、言いますと」 「今日から二、三週間のうちに、一五分目安で一人残らず面談をします。その際、了には面談者の癖や動向、会話で出てきた本人の嗜好などをリスト化してもらいます。了から見えたもの、右利きだとかスーツの色とか、そんなので結構です。ただしファクト、事実のみ。推測や個人的な意見は除外してください。あ、同時に面談録も書類化すること」  面談録は録音して聞き落とした部分は後から文字に起こせるとして、そんな短時間でスパイのような洞察が可能なのだろうか。  不安になるが今は迷っている暇はない。 「では一時間後から面談を開始しますので、それまで名簿のマスターと面談スケジュールを作って全部門の社員に流してください」 「め、面談の順番は」 「お任せします。最後に僕が確認して修正入れますのであと五十分でリミットとします」  荷物を詰めた段ボールから私物を取り出し配置する間もなく、デスクのパソコンを慌ただしく起動する。部屋に入って五分もしないうちに仕事を三つも振られてしまった。全然お茶汲みなんかじゃない。チーフの楽観的な予想を了は恨んだ。 「本社の面談が済んだら北海道から福岡までの六営業所も回りますので」 「えっ各営業所もですか?」 「もちろんです。なので来週からの出張スケジュールも早急に組んでください。今の会話でタイムロス、あと四七分ね。では続きをお願いします」  畳み掛ける気迫は少しもなく、句読点をちゃんと切るゆったりとしたテンポなのになぜか反論を挟ませない気配があった。  了は目だけで了解サインを送り、また画面に向き直った。  前言撤回。  なるほど鬼軍曹、納得した。

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