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黒鳥の湖 10
オレ達の幸せがどこにあるか なんてオレ自身よく分からないけれど、自分の幸せを信じて掴み取ろうと前進して行く姿は眩しかった。
「可愛くしてね!」
「オレの結びはいつも可愛いだろ」
帯紐を何本も使って華やかにする、それが蛤貝には良く似合うから。
「ふ ふふ !ちゃんとできてる?」
いつもの着物も質の良い物だとは思うけれど、これはまた一つ格が違うのが分かる。
滑らかで、軽くて、ひやりとせずに気持ちがいい。
蛤貝もそれを感じているのか、オレとは正反対の白地に金の刺繍の入った着物を翻して嬉しそうにくるりと回って見せてくれる。
目元と唇に紅を入れて、服や髪に乱れがないのを確認してから衣裳部屋を出ると、目の前をととと と荷物を抱えた小石が忙しそうに走り抜けて行く。
「走ったらいけないっ」
お客様がいるのにそんな姿を見せることなんて出来ない と、そう注意をすると驚いたのか小石はこちらがびっくりするほど大袈裟に飛び上がり、そして足を滑らせて転んでしまった。
かなり大きな音がしたから、時宝の居る場所にまで届いてないかとひやりとしながら辺りを見回す。
「やぁ いたいのよ」
「悪い!でも走ったら駄目だ、お客様にそんな姿をお見せするわけにはいかないだろう?」
乱れたおかっぱ頭を梳いて整えてやり、転んだ拍子に廊下を転がった荷物を引き寄せた。
「あ……」
上がった小さな声に慌てて近づくも、小石は何でもないと言ってぷるぷると首を振る。
赤い着物の袖を見れば、その中には二つの透明な切子の瓶が収まっていた。
白い蓋と、黒い蓋、オレと蛤貝の匂いを滲み込ませてある布が入れられたそれは、これからあの時宝に嗅いでもらうための物だ。
「怪我はないか⁉」
幼い頃の傷とは言え、それが体に残ったら今後この小石の人生の足を引っ張ることになりかねない。
膝を擦りむいていないか、それ以外にも怪我はないかを確認してから、腕の中の瓶に目を遣る。
「大丈夫そうだな。瓶に割れや欠けはないか?」
「 」
小石は子供独特の小さくてぷりっとした唇を引き結んで何も言わない。
もしや割れてしまったのかと瓶を取り上げて見てみるも、二つ共に何か異常があるわけではないようだった。
「転んだくらいじゃ怒られないから、走らないように気を付けて行っておいで。準備を頼んだよ」
そう言って頭を撫でてやると、ちょっと引き結ばれた唇が綻んで小さく「あい」と返事が返る。
特に怪我も問題もないのならそれでいい。
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