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黒鳥の湖 17

 帰りの道は足が重くて……  提灯に入れた明かりは途中で消えてしまって、月明かりが竹を光らせるぼんやりとした光を頼りにぽつぽつと一歩ずつ進む。 「…………なんで最後に、撫でて行くかな」  門までお見送りし、深く下げたオレの頭をまたぽんぽん と。  そして黒い髪を一房掬うようにして撫でて……  温もりなんて残っているはずもないのに、繰り返し繰り返し時宝が触れた個所を撫でながら随分と時間をかけて辿り着いた屋敷の玄関を見ると、心細げなふうに赤い着物の裾を握り締めて立っている小石がいた。  もう日は沈んでいて、小石達は部屋に戻っていなければならない時間だと言うのに、ここに居るのは明らかにおかしかった。 「  どうした?何かあったか?」  オレの顔を見た途端、子供らしい丸くて大きな目をはっと開いて小さな唇をぎゅっと噛んだ。 「なちぐろにぃさん、こいしおこられてしまうんよ」  その第一声の意味が分からず、視線を合わせるために膝をついた。  今にも泣きだしそうなその顔は怯えているように見えて、落ち着かせるためにそっと抱き締める。 「どうした?兄さんに教えてくれるか?」 「しっぱいしたんをだまってたんよ」 「うん?」  顔をよくよく見てみれば、あの廊下で転んだ小石だった。足を挫いたのをずっと黙っていたのを、怒られると思っているのだろうか? 「転んだのは良くなかったな?走るのは駄目だってわかったのはいいことだよ」 「ちがうんよ、こいし、ころんだときに   」  ぼろ と大粒の涙が零れてからこっちは嗚咽のせいか要領を得なくて、辛抱強く切れ切れの言葉を聞いて行くしかなかった。 「…………」  転んだ時に瓶の蓋が外れてしまった、どちらがどちらか分からなくなってしまったけれど、叱られると思いこっそりと戻してなかったことにしようとした と。 「……」  そうか の言葉が咄嗟に出ず、小石が不安そうにそろりとオレの感情を読み取ろうとするように見上げてくる。  早く安心させる言葉を言ってやらねばならないのに、どうしてか言葉が喉につっかえてどうにもうまく吐き出せない。 「なちぐろにぃさん、うち『したのへや』に入れられてしまうんかな?」  桃のような頬を伝う涙が床を打つ音でやっと言葉を絞り出すことが出来た。 「こんなことぐらいで、入れられたりしないよ」  そう優しく言って艶々とした黒髪を撫でて慰める。  自分のしでかしたことに怯えて震えながら腕の中にすっぽりと入る小さな存在に、過ぎたことをくどくどと説教するのは間違っていると思う、思うのだけれど……

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