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黒鳥の湖 31
がち と手の中から転がり落ちそうになった受話器が飛び上がりそうなほど大きな音を立てる。
そのけたたましい音に責め立てられているようで、今すぐ耳を塞いで蹲ってしまいたい気分になった。
「時宝様は話せば分かって下さる方だよ、事故だったって言えば……」
「事故なわけないでしょ?」
首元には大きな宝石をあしらわれたガードがあり、その下には昨日神田様につけられた歯型があって……
白い白磁の首筋についたそれを思い出すと、自分が噛まれたわけでもないのに体中が震え出しそうになる。
「それに、もうそこまで来てるのに今更〜なんて言ったら、絶対怒るよ。あの人はそんな優しい人じゃない」
突き放されたような言葉に返事を返せないまま、カタカタと震え続ける手を力を込めて握りしめた。
「それに、いいの?そんなことして」
「……」
「那智黒が協力してくれないと、俺は下の部屋に行かされちゃうんだよ?」
俯いて血の気の無くなった手を見つめていたオレの視界が揺れる。
下の部屋がどう言うところなのかは幼い頃から聞かされ続けているし、薄墨を見ればその厳しさもわかるつもりだ。
上の部屋とは扱いが段違いに違うのは重々承知で……
幼い頃から一緒に育った、ましてや兄弟にそんな場所には行って欲しくないのは紛れもない本心だ。だから解かれてしまっていた帯と帯紐を結び直し、誰にも気づかれないように情事の痕跡を消した。
それだけでも、この『盤」では重罪だと言うのに。
「神田様が身請けのお金を用意できるまででいいから」
耳元に流し込まれる毒のような言葉に、全身にじわりと冷たい汗が噴き出る。
「それに、那智黒も承知してくれたでしょ?」
紅い唇の動きを目で追って、顔がくしゃりと歪むのがわかる。
「────俺の代わりに時宝様に抱かれてもいいって」
屋敷の入り口で時宝を出迎えた時、オレを見つけた時宝がほっとしたように表情を和らげたのを見て石礫のような重苦しい言葉が喉元まで迫り上がった。
言ってしまえばいい、
そうしたら堂々とオレが選ばれるかもしれない。
言ってしまえば、
そうしたら怒った時宝はもう二度と来ないかもしれない。
黙っていれば、蛤貝の代わりに時宝に抱きしめてもらえる。
選ばれなかったからと諦めようとした時宝の腕の中に、入ることが……
願ってやまなかったことが……
自分がひどく汚い人間だと思いながら顔を上げ、粛々とした動きで時宝の前に進み出る。
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