46 / 714

黒鳥の湖 45

 オレがやったことは、この『盤』では許されないことだ。  相方の不義を見逃したこと、  更にはそれを隠ぺいしたこと、  相方の代わりに床入りしたこと、  そして、なんの契約もないままに首を噛ませてしまったこと。  安産多産と言う特性を持つΩを囲い保護するためのここでは、何が綻びとなるかわからない、だからそう言った規律違反がもっとも重罪だった。  どうなるか、は……知らないわけじゃない。 「まずは体の検査を」  とん と肩を押されて、あの苦手な椅子の方へと押しやられる。  よろめくようにそちらに近づき、肩越しに黒手を振り返るけれど抵抗を聞き入れてくれるような雰囲気ではない。 「よ よろし  ねが  」  幼い頃から診て貰っているとは言え、時宝に抱かれた生々しい痕跡のある体を晒すのは、今までの検査とはわけが違う。  もう消えてしまった温もりだけれど、時宝の体温の記憶を他の手で上書きしたくなくて、億劫そうに立ち上がった津布楽先生から思わずさっと身を引いた。 「駄々をこねるな」 「っ だ、って」  何がだってなのかオレ自身にも良くわからなかったけれど、オレの態度が医師の時間を無駄に使わせているのははっきりしている。  背中につき立つような黒手の視線に押されて、抵抗は意味がないことを痛感して、ぐっと歯を噛み締めながら綺麗に結ばれた帯に手をかけた。  左右に尻肉を押し広げていた津布楽先生の手が離れる、たったそれだけなのに地獄から掬い上げられたような気がして、びっしょりと全身に汗の浮いた体の力を抜く。 「 ────ああ、まぁ、無理矢理の挿入ではなかったようだけれど」 「そうですか、ヒートには少し早いので心配していたのですが」 「全身の噛み痕と多少の擦れはしょうがないだろうさ、クロノベルの倅のナニなら立派なもんだろうよ」  「なぁ?」と首を傾げながら同意を求められ、思わず首を横に振る。 「なんだ、粗末だったのか。ざまぁだな」 「違いますっ!比べられるモノがっ 」  必死に言い返した言葉のはしたなさに思わずはっと口を押えて身を縮めると、それを追いかけるように津布楽先生の笑いが聞こえた。 「津布楽先生っ下品なことは控えてくださいっ」  珍しく声を荒げると、黒手はよく見かける点鼻薬をグイ と津布楽先生に押し付ける。 「早く確認してください」 「分かってるよ」  そう言うと津布楽先生は嫌な顔をしながら点鼻薬を鼻に吹き付け、大袈裟なくらい嫌そうな表情を零すと襦袢を羽織っただけのオレの首元に顔を近づけ、すん と鼻を鳴らしてから神妙そうに頷いた。 「……ああ、匂いはしない」 「…………そうですか」  黒手の暗い物言いに、少し浮上しかけた気持ちがまた再び沈み込んだのが分かった。

ともだちにシェアしよう!