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黒鳥の湖 54
素肌に薄い生地のシャツだけでは頼りなく、長い時間、風に吹かれると肌を直接嬲られているような気になって、思わずぶるりと体を震わせてぎゅっと身を抱き締める。
だからと言って、自分の体温以上に温かいわけでもなく、心細さに胸の内がひやりとした。
胸の内に洞が出来たかのようにすかすかとして冷たくて、訳もなく不安になって寂しくて、しっかり立っているのに足元がぐらついているように思えてしまう。
これが、番に拒絶されたΩが感じると言う孤独感なのか、と思うと泣き出したくなるくらいの心寂しさに小さく鼻を鳴らす。
「……竹の、ない、景色 か」
この『盤』の中で産まれて、竹に囲まれて生きて来て、この光景以外をこの目で見たことのないオレには外の世界は物語の世界でしかなくて。
時宝がオレに「出たいか?」なんて問いかけた日のことが懐かしく思えて、項垂れて足元を見詰める。
あの時は、外のことなんてなんとも思わなかったし、蛤貝が外に出るからと言って羨むことがあるなんて思わなかった。
「 ────おい」
ひくん と喉が攣る。
幾度も脳内で繰り返して自分を慰めていた声が背後からかかったが、その声はオレの記憶の中にあるものよりもひどく硬くて冷たくて……
時宝だ と思って振り返るよりも先に、肩を掴まれて強引に振り向かされる方が先だった。
ぎゅっとαの力で掴まれたからかその強さは顔が自然と歪むほどで、とっさに駄々っ子のように身を捻って腕から逃げようとしてしまう。
「じほ っ何を 」
「だんなさま、おやめくだしゃ やめて!」
何故ここに⁉
時宝が来る時刻にはずいぶんと早いはずだし、後ろには小石が真っ青な顔をして泣き縋っている。
「それは俺が蛤貝に見立てた物だろう⁉どうしてお前が着ているんだ!」
「っ これは 」
事情なんて説明できるはずがなくて、オレは時宝の声に委縮して小さくなるしかできない。
「なんだ?後ろめたいのか⁉」
「あ……ちが、」
二の句を繋げようとしても眼光の鋭さに怯んでしまう。
「 っ 」
咄嗟にいい言い訳なんて出なくて……
「か、借りただけで オレ達、自分の物って持てないから……いいなって……ちょっと着てみれたらなって、思っただけで……」
「蛤貝がお前に貸したのか?」
そうだ と答えようとして、新枕の贈り物として贈った物を安易に人に貸すことを時宝が良しとするだろうか?と言う考えが過り、言葉が詰まる。
その一瞬を時宝がどうとったのかはすぐにわかった。
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