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黒鳥の湖 55
「許可なく持ち出すのは 」
「っ⁉」
良くない言い訳だった。
時宝はオレのことを、相方の物を勝手に借りる……いや、盗む奴だと思ったに違いない。
「なちぐろにぃさんはそんなん、しないぃ っ はなして くだ 」
小さな手にぐいぐいと引っ張られて、時宝ははっとしたような顔をして慌ててオレの肩から手を離し、足にしがみついてオレから引き離そうとしている小石に「もう離した」と短く告げた。
ぐずぐずと怯えたように時宝を見上げる小石の頭を撫でて、安心させるために微笑んで見せる。
「小石、時宝様は落ち着かれたから安心しな。後は私がご案内するから目を冷やしておいで。擦らないようにするんだよ」
「でも 」
「大丈夫だから」
しゃがみこんで視線を合わせながら言ってやると、小石は渋々とだが納得してくれたようで、時宝に深く頭を下げてそろそろと屋敷の中に戻って行く。
「……おい」
頭上から降ってきた声は先程よりも硬質で、思わず飛び上がるように立ち上がって後退らなくてはいけなかった。
「お ぃっ」
逃げ出そうとしたオレの手を時宝が掴んで……
やっぱりオレは時宝から逃げるのに失敗するみたいで、どうしてそんな恐ろしい目でこちらを見ているのかわからず、不安に駆られたまま怯えながらそろりと視線を上げる。
「お前……それは……」
ひやりとした視線を注がれて時宝の視線を辿るように視線を降ろすと、着物ではない洋服に身を包んだ自分の胸元が見えただけだ。
オレにとって洋服でいることは初めてのことだから新鮮ではあったけれど、外の人間である時宝にとっては洋服姿なんて珍しいものでもないだろう。
何を言っているのかわからず、窺うようにもう一度そろりと視線を動かした。
切れ長で険しい目が動揺を表すように揺れながらこちらを見て、頑固さを隠そうともしない口元が震えている。
「時宝様?」
「 これはっ」
ぐっと襟元を乱暴に掴まれてしまうと、一瞬足が浮きそうな衝撃に思わず小さく声が出た。
「何を っ」
ひやりとした風が首元から中に入り、凹凸の乏しい貧弱な胸を撫でて行く。
それで、はっとした。
体中に散った時宝がオレを抱いた際の痕跡を……
きつく吸われたために肌の上に咲いた花弁のようなキスマースは二三日じゃ消えてはくれなかった。
時宝から与えられたそれをよすがだと指で辿っていたこともあったけれど、時宝からしてみたらこれは誰か知らない人間が付けたものだ。
時宝の知らない誰かに抱かれた、痕跡……
慌てて隠すように身を縮めるけれど、力強い腕がそれを許してはくれなくて、逆に手を取られてますます動きを封じられてしまった。
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