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黒鳥の湖 61

「申し訳ございません、緊張しているようです」  そう早口で告げて頭を下げた。 「いや……」  歯切れ悪く言う時宝の後ろから一人の男性が進み出てきたのに気づき会釈すると、時宝は苦い顔のままその男性を紹介してくる。 「俺のすぐ下の弟、時宝奏朝(かなとも)だ、俺の秘書でもある。お前達の事情は話してあるから何かあれば言うといい」 「こんにちは、那智黒くん。よろしくね」  そう言って握手を求めてくる奏朝は時宝の弟と本人から紹介してもらわれなければ、そのことが信じられない程度には似ておらず、柔らかそうな物腰の男だった。  けれど、触れた手の感触が少し似ている気がして、ほっと笑って返すことができた。 「今日は僕が君のエスコートにつくから」 「はい、ありがとうございます。でも……」  時宝は蛤貝と共にいなければならないのは当然として、今日は弟の婚約者の顔見せと聞いている、そんな中でオレを連れ歩いたら……と思い、眉尻を下げるとにっこりと微笑まれて面食らってしまう。 「今日は一番下の弟の尊臣のパーティーだから、気にしないで」 「そうなんですか」  笑い方は……全然似てない。  奏朝の笑い方は小さな子供にでも受け入れられるような笑い方で、時宝のものとは全然違っていた。でも、黒子のある目元が同じだな って思うと、初めて会ったのに親近感が湧いて、身構える気を霧散させてしまう。  オレをエスコートするためか背に添えられた手の動きに従い、会場に案内するねって歩き出そうとした奏朝を時宝が止めてオレの方へとちらりと視線をやった。  射るような視線に思わず身を竦ませると、時宝は何事かを奏朝に告げてむっとした顔をする。  他の人間からしたら怯んでしまうような表情だと言うのに、奏朝は「ああ!」とにっこりと笑ってひらひらと手を振って見せた。 「那智黒くん、ちょっとスーツに皺が出来てるね、まだ時間には余裕があるし直しに行こうか」  ちょいちょい と指された先には蛤貝がしがみついていたために出来た皺が見える。  オレからしてみれば気にしないと言えば気にしない程度のものだったけれど、時宝が注意するくらいなのだから目立ってしまっていたのだろう。  こう言うところが粗相なのかと、「こっちだよ」と促して先に歩き出した奏朝の後について歩き出す。

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