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黒鳥の湖 63

 時宝と共に挨拶に回っている蛤貝は目をきらきらとさせて楽しそうで、本当に蛤貝自身が光であるかのように輝いて見えるのに、それに比べてオレは、逃げるように縮こまって極力目立たないようにして……まるで影のようだった。 「  ────どちらの御令息でしたか、お名前をお伺いしても?」  社交界に出たことのない自分に声がかかるなんて思わなかったせいで、いきなりの言葉に思わず肩を揺らすと、手に持っていた飲み物がちゃぽんと小さく音を立てた。  人々の談笑の交わされるパーティーの中で、その音はグラスを持つオレだけに聞こえるような小さなものだったはずなのに、声をかけてきた人物はそのことに対して「申し訳ない」と謝罪を口にする。 「気が抜けてしまいましたね、新しいものを持ってこさせましょう」  そう言うと後ろに控えていた男に視線だけで指示を飛ばす。 「ぁ りがとうございます」  頑なに断るのも失礼かと、小さくお礼を言うオレにその男性は遥か頭上から、目尻に皺を寄せて男っぽい微笑みを見せてくれた。  時宝も背が高い方だと思っていたけれど、この人と比べると小さく思える。ただ、この人はずいぶんと筋肉質でスーツの上からでもどれだけその体が鍛えられているかわかるから、単純に高さのせいだけではないだろうけれど。 「こちらには親の名代で?」 「はい、そうです」 「もしお暇なら私の連れと話でもしてやってくれないだろうか、同じ年代の者がいなくて退屈しているようで」  そう言うと男は自分の後ろを振り返るような仕草をして見せる。  思わずその動きに釣られて首を傾げると、綺麗な黒髪を腰まで伸ばした和服の少女が同じようにこちらを覗き込んでいて、ぱちりと視線がぶつかった。  こじんまりとしたバランスのいい顔の作りに、黒髪によく映える白い肌、化粧はしていないように見えるのにその唇は咲き誇るバラのような色合いだ。年は……同じ年代と言うには少し幼いような気がするけれど、ここに集まっている人間の中では歳が近い方だろう。  小柄なためか、それとも男が大きすぎるからか、背後にいたのに気づかなかった。  彼女は花が綻ぶように笑うと、男の腕を掴んだまま「こんにちは」と鈴を転がしたような声で挨拶してくるから、こちらも慌てて同じように挨拶を返す。 「あっ  大神社長!」  そう声をあげて、慌てて奏朝がこちらに駆け寄ってくる。  人の合間を抜けて、失礼にならない程度に駆け足で近寄ると、オレを見てほっとしてから頭を下げた。

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