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黒鳥の湖 65
「威兄どこ⁉どこどこどこ⁉はぐれちゃってさ!どこだろ?どこー?」
「落ち着けって、会場に居るから!那智黒くん、紹介するよ、この落ち着かないのが末っ子の尊臣」
「那智黒と申します、この度は御婚約、おめでとうございます」
「ありがとうございます!俺が尊臣で、こっちが まどかさんでっす」
じゃーん とばかりに自分の後ろにいた人物を引き寄せ、にこにこと笑いかけてくる。
今にも千切れんばかりに振られた尻尾の幻が見えそうで、顔立ちは時宝に似ているけれど……中身は全然似ていないようだった。
「ちょ もーっ!いきなりすぎるだろ! っと、四月一日まどかです」
そう言うと、オレの前に突き出された人物はシフォンを重ねたシュミーズドレスをふわりと揺らしながら丁寧にお辞儀してくれる。
生花と柔らかな生地を纏うせいか、どこか妖精のような儚い雰囲気だ。
「んで、こっちがアゲハさん!」
そう言うとさらに後に控えていたビジネススーツの男を紹介してくる。
婚約者まではわかるが、その背の高い……見るからにαだとわかる男性を紹介される意味がわからず、思わず目を白黒させていると、アゲハと呼ばれた男性は「上場 と申します。尊臣のマネージャーを勤めております」と言って名刺を差し出してくれた。
柔らかい物腰だけれども、傍にいるだけでΩを緊張させるだけのオーラを持つ雰囲気に気圧されて、縋るように奏朝の方へと身を引いて安全地帯とばかりにその傍で身を縮こめる。
『盤』の客層がそうであるように、上流階級の人間達にαが多いのは理解していたし、出会うことも多いだろうとは思っていた。けれどここまで優性の強いα達に囲まれてしまうと、時宝に噛まれてもう他のαの匂いなんてわからないはずなのに、気配だけで気圧されてしまう。
「那智黒くんって、何関係の人なの?ね?初めましてだよね⁉ね?どうして朝兄と一緒にいるの?」
ぐいぐいっと顔面偏差値の高い顔で追いかけられて、縋るように奏朝の背にしがみついて「お仕事関係です」とだけ絞り出すように告げるけれど、今度はどう言う仕事?と興味の塊のような表情でじりじりと距離を詰めてくるから、ますます奏朝にしがみつく羽目になった。
「ちょ 尊臣っ!お客様にやめなさい!」
奏朝が諫めるも、もともとの性分なのかそれとも婚約パーティーと言う日常にない出来事が気分を高揚させたのか、尊臣は意に介さずぐぃっと近付いてくる。
「あ!もしかして朝兄が付き合ってるって言 いてっ」
「 ここにいたのか」
急に聞こえてきた時宝の声にそろりと顔を上げると、目前まで迫っていた尊臣の顔がない。
「小さな子供のように何をやっているんだ」
静かな声は怒りを含んでいるようであったけれども、場所を考慮してかその感情は僅かにしか見えなかった、代わりに先程までオレにぐいぐいと近付いて来ていた尊臣の耳を掴み、自分の方へと遠慮のない力の込め方で引っ張っている。
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