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黒鳥の湖 77
オレの身の内に時宝が欲しがっていた子供がいるのだと言われても、それを告げたところで時宝は喜びはしないだろうと……
本来望んだ、運命の番だと言う蛤貝との子供ではないのだから。
騙された上で出来た子なのだから……
「 っ 」
子を産むことを生業として、幼い頃からそう言われ続けて生きて来て……身籠れば嬉しいし、祝われるものだと思っていたのに。
実際は、苦い顔を向けられて、祝いの言葉一つなくて、笑うこともできずに暗くて狭い反省室に一人座っている。
それもこれも、ただ一度でいいから と時宝を騙したオレのせいだ。
「 ごめんね、 でも、 」
まだきっと、命としての形すらとっていないのだろうけれど、こうして体に変化があったと言うことは確実にここに息づき始めていると言うことだから。
「 ────ここに来てくれて、ありがとう」
せめて親である自分だけは と、精一杯の笑顔で告げた。
カリ と壁を引っ掻くような微かな音に気づいて顔を上げる。
ここに入れられてから何時間経ったのか、もしくは何日かもしれないけれど、そうやって意図的な音が聞こえたのは初めてだった。
基本、反省室は隔離部屋で、誰かが訪れるなんてことはあり得ない。たった独りで己を見詰め直すために入れられる場所だから、話し相手や雑念が入るようなことは起こらないはずだ。
「 だれ?」
長い間口を噤んでいたせいか、誰何の声は僅かにかすれていた。
軽く咳き込んでからもう一度「誰?」と問いかけると、扉についてある小さな窓が開いて薄墨の酷薄そうな目が覗く。
狭い反省室とは言え、扉とは距離があるはずなのに、その深淵を覗いてきたかのような昏い目が迫っているように思えて、それ以上深くは座れないのに椅子の背もたれにぎゅっと体を押し付けた。
「な に?」
「なんだ、思ったよりも元気そうだな」
そのセリフは安堵のものではなく、落胆の感情を含ませているように思えて訝しげに眉をしかめる。
「ってことはまだ聞いてないんだな?」
「聞くって……ここいる間は誰とも話してはいけないきまりだから 」
自然と、腹を守るようにぎゅっと拳を作って身構える姿を取ると、それを見た薄墨がはっとしたような顔をした後に狐のように両目を弧に歪めて見せた。
「そうか、そうかよ。腹に子供がいるんだろ」
オレよりも年長の薄墨はその経験もあるはずだ、小さな反応だったとしてもそれだけで今のオレの状態を察するには十分だったんだろう。
まとわりつくような視線を避けるためにそっぽを向くと、揶揄うような喉の奥で笑うくつくつとした声が不愉快さを伴って鼓膜を震わせた。
「時宝が、契約の破棄を言ってきたってよ」
不愉快さに何を言われても無視を決め込もうとしていたオレの耳に届いたのは、そんな決心を一瞬で突き崩すには十分な一言だった。
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