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黒鳥の湖 79

 取り乱すでもなく、ただ頷くオレに黒手は何か言いたげだったけれど、 「では  番も解消と言うことですね」  そうぽつりと漏れたオレの言葉にくしゃくしゃと顔を歪めた。 「……今後の貴男について、先黒手から決定が下されました」  今にも泣きだしそうな顔の黒手に比べてオレの心は驚くほど凪いでいて、これから決定された事柄を告げる黒手が不憫に思えるほどの余裕があった。 「  下の部屋に移ってもらいます」  酷く言いにくそうに絞り出された言葉に素直に頷いて見せる。 「  っ、どうしてっ!こんな馬鹿なことしたんですか!」  静かなオレに苛立ったのか黒手が声を張り上げて、竹の鳴る音をかき消す。 「貴男には、この『盤』を引っ張って行くことも、相応しい人に身請けされる未来もあったのに!そうすれば何人も相手にすることも、無理を強いられることもなくて……貴男はもっと幸せになれたのに   」  ぐ と言葉を詰まらせた黒手は涙を滲ませた目を伏せて、更に荒げそうになる言葉を押さえつけるために耐えているようだった。 「   十分、幸せです」  虚勢でもなく、自分に言い聞かせるでもなく、心の痛みに顔を歪ませる黒手に穏やかに笑って見せる。 「時宝様が残してくれたものがあります、オレはそれで十分幸せです」  何かを言い返そうとした黒手が言葉を発しようとしたが、オレが緩く首を振るとそれ以上の言葉が出なかったのか唇を引き結んで項垂れてしまった。  オレが自分の部屋……いや、元自分の部屋へと荷物を取るために訪れた時、蛤貝はふくれっ面で時宝から贈られた服に鋏を入れているところだった。  ぴぃ と悲鳴のような音が神経を直接撫でるように耳障りで、思わず耳を塞いで非難するような目を向ける。 「何?」  短く鋭い声は攻撃的だ。 「どうして……そんなことを  」 「はぁ⁉契約破棄した人のものなんか持ってても意味ないでしょ?邪魔になるだけだし、それなら最後に憂さ晴らしに使ってあげた方が浮かばれるでしょ?」  そう言うと蛤貝はめちゃくちゃに服を切ると、「はぁ」と溜飲が下がったのか大きく息を吐いた。  床に投げ捨てられてただの布の塊となったそれは、 矯めつ眇めつ眺めていた美しい刺繍とビーズの姿は欠片も残っていない。  そこまでしなくとも と喉元まで出かかった言葉を飲み込む。  下の部屋に行くことが決定したオレに、蛤貝をたしなめる資格はない。  蛤貝に気づかれないようにそろりと溜息を吐くと、自分の荷物を片付けるために背を向ける。とは言っても、自分の物を持てる機会なんてほとんどないし、まとめるものなんてたかが知れていた。

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