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黒鳥の湖 86

  「吐き気止めはいるか?」  ニヤニヤとした笑いながら見下ろす薄墨から腹を庇うように身を縮こめながら、繰り返し首を横に振るオレに薄墨はそれ以上何も言わず、無作法に跨いで出て行ってしまう。 「二時間後にお客様だ、そこ整えておけよ」 「…………」  揶揄うような笑い声を滲ませながら言い捨てて去っていく薄墨の背中を見送るしかできなかった。  『お待ちしてましたよ。お客様』  旦那様ではなくお客様と言って薄墨が出迎えた客は時宝よりも幾分年上で……言葉を飾らずに言うのであれば、中年だった。  子供を欲しがっておかしい年齢と言うわけではないけれど、欲しがるには遅すぎるように思わせる年の男は、オレを見て緩やかに目尻に皺を寄せて見せる。挨拶のために近づいて気が付いたけれど、若く見えるだけでもしかしたらもっと年上かもしれない と、手の甲の皺を見て思う。  オレが傍に控えていると言うのに怯む様子もなく、こなれた様子でさっさと服を脱いで薄墨を抱き寄せる姿に思わず赤らんだ顔をさっと伏せる。  幼い頃は皆で風呂に入る際などに他人の裸体を目にする機会もあったけれど、大きくなってからは風呂に入る際には湯あみ着を着用することになるから、産まれたままの姿を見る機会なんてなかった。  時宝とは裸で抱き合ったとは言え暗闇で……  αの体を間近に見て、恥ずかしく思うのはしかたがないことだった。 「あれ?この子慣れてないの?」 「何?そう言う方がいい?」  そう言うと薄墨ははだけた着物の前を掻き合わせて、恥ずかしがるように科を作ってはけたけたと笑って見せた。ひらりと身をひるがえして手から逃げようとする薄墨を掴まえて、ベッドの上へと引き倒す。 「何言ってんの、ぼくはエロい子の方が好きだよ?」 「ホントー?お客様がいっぱい可愛がってくれたら、どーんどんエロくなるよ?」 「これ以上?」 「うん、これ以上」  そう言う申し合わせでもあるのかってくらい、軽い言い合いが続いた後に二人はくすくすと笑い合って互いの唇を貪り始める。  男にかき上げられた髪の下に、小さな楕円の並ぶ噛み痕が見えるのに……  嬉し気に客の唾液を啜って、その肌に白い手を絡めて……  下半身を擦り付け、性急に高め合っていく。  時宝との際にしたような出迎えもなければ口上もなく、それは子を儲けるための行為と言うよりはただただ気持ち良さを求め、快楽を追い求めるだけのように見える。

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