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黒鳥の湖 94

 そろりと顔を窺うけれど、時宝は唇を引き結んだままでその心のうちはさっぱり分からなかった。 「茶を出す間があるなら鞄の中身を確認しろ」 「ただいま行っております。時間がかかりますので、どうかお寛ぎいただくためにも那智黒を下ろしては……」  黒手の進言も時宝には届かなかったようで、逞しい腕はオレの腰に回されたまま動くことはない。  黒手もオレ自身も気まずくて、お互いにアイコンタクトを取ってはみるも事態は好転することはなかった。 「手がいるようでしたら、オレも手伝いに  」 「ここにいろ」 「  ですが、蛤貝のこともありますし」 「あれは、何があったんだ?」  その問いかけをしながら、初めて時宝がオレを見る。  ほくろのある、険しさを感じさせる目がオレを捉えて……  ふる と胸の奥が震えた気がした。   「あ れ  は    」  とっさに腹を押さえて首を振る。  蛤貝に子供を堕ろすように迫られていたことを言うことはできなかった。  時宝に、この腹の中に子供がいることが知られたら…… 「何もありません」  Ωならいらないと言われるのも、αだから引き取られて行くのも、どちらも耐えられそうになくてそう返すと、「目を逸らすな」と言う言葉と共に顎を掬い上げられる。  ためすつがめつ見詰められて居心地悪くもぞりと座り直すと、はぁと溜息が降ってくる。 「随分と痩せた」 「いえ、そんなことは」 「食べれていないのか?」 「いえ、何も……ないです」  首を振ると自然と顎を押さえていた手を振り払う形になって…… 「つわりか?」  びく と跳ねた体の反応を誤魔化すことは、膝の上にいるオレには無理な話だった。 「ど どうして それを」 「どうしても何も、なぜ知らないと思ったんだ」 「  っ」  大きな手が腹に翳されて思わず体が強張る。  先程の蛤貝のように乱暴されるのではと息を飲むオレを尻目に、時宝は驚くほど優しい手つきでそろりと腹を撫でた。  ふわりとした温かな体温が体の上を滑るのが不思議に思えて、きょとんと時宝を見上げる。 「な に  ?」 「具合は?」 「え……えっと……」  問いかけてくる時宝の目はオレを真っ直ぐに見ていて、この手と同じように温かい。  体の中心にホカホカとした熱を与えられたせいか、強張っていた体の力がすとんと抜けてしまう感覚がした。 「  ────確認が終わったようです」  戸の向こうに黒手が合図を送ると、微かな音を立てて襖が目一杯開かれて他の黒手達が静々とした動きで座敷へと入ってくる。  その黒手達の手にはそれぞれ札束が山と積まれた三方台が持たれていて……

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