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黒鳥の湖 95

「あ、の  これはっ」  問おうとしたオレを遮って、黒手達が手を突いて深く頭を下げる。  時宝の膝の上で、黒手達に頭を下げられて……見たことのない光景に目が回って卒倒しそうだった。 「那智黒の身請け代と支度代、確かに頂戴いたしました」  黒手が手を広げ、後ろに控える他の黒手達が持ち込んだ札束の山を指し示す。 「これを持ちまして那智黒は時宝威臣様の所有と相成りました。時宝様には八重二十重の花霞の如く、千代に八千代に続きます巌の如く、那智黒改めまして東雲を可愛がってくださいますよう、一同心よりお願い申し上げます」  更に後ろに控えていた石や小石達も合わさり、「お願い申し上げます」の言葉は割れるような音量だった。  何が起こったのか飲みこみ切れないオレの頭上で、時宝が「相分かった」と朗々とした声で返事をして……  これは、  これは……?  顔を上げた黒手がにっこりと微笑むのを見て、身請けする時の掛け合い口上だ と理解する頃には再び時宝はオレを抱いたまま立ち上がっていて、必死で止めようとする黒手と睨み合いをしているところだった。 「お待ちください!身請けされた白手は相応の支度をさせてから送り出すのが決まりで……」 「支度分は迷惑料として受け取っておけ。那智黒はこのまま連れて帰る」 「お願いでございます!送り出しの道中は白手にとっても憧れのはず、衣裳を整え段取りを整え、旦那様の元に行く日を待ちわびるものです!ですので  」  黒手に押し留められ、時宝は険しい顔のままオレを見る。 「道中の衣装は必要か?」  突然話を振られたオレの脳裏に過るのは、幼い記憶だった。  幼い頃に見た送り出しの道中はそれはそれは華やかで……  一日一日指折り数えながら旦那様の迎えを待つにいさんの嬉し気な顔は、この歳になっても覚えていられるほど印象的な美しさがあって、それに憧れがない訳ではなかったけれど。 「わ  私には、これがあります。これがあれば、十分です」  オレには大きすぎる時宝の上着は道中の衣装とは程遠いものだったけれど、どんな衣装よりもこれが嬉しかった。  ぎゅっとその上着を掻き寄せる姿を見て時宝は頷き、黒手に向かって顎をしゃくる。 「そう言うことだ」 「そんな  」 「どうしてもと言うなら道中は改めて行えばいい」 「けれど  」    言い募ろうとした黒手を睨んで黙らせると、時宝は廊下の方をちらりと一瞥して顔をしかめた。 「ここに置いておいて無事で済むのか?」 「   っ」  動揺を見せる黒手の視線を追うと、黒手に押さえられた蛤貝がこちらを見て唇を震わせているのが見えて……思わずぶるりと体を震わせたオレに気づいたのか、時宝は抱き締める手に力を込めてくる。

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