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落ち穂拾い的な 黒い服

 冷静さを欠いた表情を見るのは幼い頃以来か?いや、弟の正臣が騒動を起こした時以来だったな。 「   奏朝、黒を基調としたスーツを用意してくれ」 「この間のサイズで?」 「……ああ、この間のサイズで十分だ、差は言うほどないだろう」 「じゃあ選んで贈っておくよ。送る先も同じでいいんだろ?」  「ああ」と答えようとした言葉が止まり、逡巡を見せる。 「いや、やはり幾つか持ってこさせろ、俺が選ぶ」 「?」  怪訝な顔をした僕を睨み返す顔は、いつもの兄の顔じゃなかった。  無言で手を振るものだから、外商は困ったような表情をして「お持ちしたものは以上で……」と怯えたような顔でそろりと口に出す。 「もっとましな物を持ってこい」 「兄さん!この間贈ったものと同じくらいって言ったらこの位だよ?それに贈るのは蛤貝って子じゃないんだろ?番にした子より上等なものを贈ったら、その子が困るんじゃない?」 「    」  舌打ちは寸でで堪えたみたいだけど、兄の険しい顔のせいで外商はすっかり怯えて縮こまってしまっている。 「もう僕が選ぶよ!それでいいね!」  そう言うと不承不承そうだったけれど、予定にない買い物で今日のスケジュールがずいぶん狂ってしまっているのは兄も良くわかっているようだ。頷いてくるりと背を向けてしまった。  この間頼んだものと似た感じの物を見繕うと、兄の顔色を窺う外商に頷いて返す。  α然とした兄はそれだけで人を怯えさせるのに十分だって言うのに……  社長室を出て行く外商のびくびくした姿を見て哀れに思いながら振り返ると、涼しい顔をした兄が椅子に座って書類を捲るところだった。 「そうだ   言っていた件はどうなった?」 「     」  さっきの今でこの話を切り出すなんて、自分勝手すぎるだろうと目が回りそうになったが、そんなことに構っていては兄の側で働くことなんかできない。  「会場の変更はできたよ」と告げて尊臣のパーティー変更仕様書を差し出す。  最初に予定していたものよりも規模も何もかもが大掛かりになったそれを見下ろし、急な変更に伴い秘書課全員で東奔西走して頭を下げ回る羽目になった苦労を、この兄は少しでも慮ってくれるのだろうか?と胸中で愚痴る。 「  後継者を欲しがりそうな人たちは一通り招いたけど……」  唐突に兄が尊臣のパーティーの規模を変更し、招待客の人数も増やすと言い出した時はどうしたのかと思ったけれど…… 「これだけ招けば必ずいるだろう。お前は那智黒の傍に居てあいつの客を見つけろ」  バシっと音がするほどの勢いで仕様書を投げつけ、とうとう爆発したのか苛立ちをそのままぶつけるように飴色の重いデスクを蹴り上げる。  簡単には動かないだろうに、ズズ……と震えるデスクを見ると兄の苛立ちがどれほどかを教えてきて。 「見つけてどうす「諦めさせる」  僕の台詞を食うように返された言葉に、肩を落とすしかない。 「あそこってそう言うの出来るの?」 「知らん。他の『旦那様』とやらの情報は一切漏らさないようにされているようだが……」  それはそうだ、だから一部の上流階級のαだけが紹介されて通えるんだ。  そんな口の軽いところなら絶対に通わせない。 「あそこで出来ないのならばこちらですればいいだけだ」 「こんなことになるならなんで唾つけとかなかったのさ」 「……同時に二人の契約はできないと言われた」  運命の番に子供を産ませ、気に入った相手を手元に置く。  傲慢で、αらしい考え方だと思うけれど、実際それが出来てしまう地位も行動力も金銭も自信も持っているのだから、兄弟とは言えαとβではこんなに違うのかと痛感してしまう。 「それに、急務はうるさい叔父どもを黙らせることだった」  そう言うとイライラとしたままもう一度デスクを蹴り上げる。  確かに、叔父達の後継者はまだか のせっつきは酷いものだったけれど、それが額面通りだとは兄も思っていないだろうに。  自分の息のかかった家の娘を送り込んで来ようとする叔父達を躱すために、嫌味ったらしく叔父達の言葉そのままに後継者だけを儲けるなんてしようとするからこんな思いをするんだ と、内心ちょっとざまぁと思ってしまう。  兄の目の前から好物を掻っ攫った第三者にブラボーの言葉を贈りたい気分で、僕は兄に同情する素振りで肩をすくめてみせた。 END.

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