128 / 714

雪虫2 19

「とは言え、童貞はそれがわからんのか」  ふ と口の端を上げる表情は男でも見惚れたくなるようなものだったけれど、大神自身だって童貞だった時があるだろうに、こうも童貞童貞って揶揄われるのには納得がいかなかった。 「爪は整えているのか?」 「爪?」  爪切りで切っては いる。 「後で直江に手入れの仕方を習え」 「えっ 爪切りで切っただけじゃ駄目なんか?」  伸びてはないと思うけど…… 「ハンドクリームは?」 「ええっ  つ、使って、ない」  元々、皮膚は強い方だし、あのぬるつく感じが好きじゃなくて、使ってはいなかった。 「オメガの皮膚は薄くて脆い。角のある爪、荒れた皮膚、何が傷つけるかよく考えてみろ」 「う  」 「セキの皮膚でもすぐに鬱血する、雪虫なら尚更だろう。力加減は言わなくてもわかるだろう?」  一度、その加減を間違えたオレにはその言葉は重くて……ぐっと唇を引き締めながら頷く。 「雪虫はさ、どこもかしこも柔らかいだろ?……どうしたらいいのかって、ずっと悩んでて。また前みたいに頭に血が上って訳が分からなくなって、今度は取り返しのつかないような怪我をさせちゃうんじゃないのかって思ったら……」  ぶる と震えが来て、両手で自分を抱き締めるようにしてうずくまった。 「そこは精神力の話になってくる、俺の出る幕じゃあない」 「だ っでも  」 「お前は、自分のオメガを傷つけたいのか?」 「そんな訳ないだろっ!」  ゆったりとしているとは言え狭い車内にオレの大声が響いて、大神に睨まれてしまう。  それでも、それに怯まずに声を張り上げた。 「オレが雪虫を傷つけるのは、項の傷だけだっ!」  冷ややかなままの視線はそんなオレを嘲笑しているのかどうなのか判別はつかない。  紫煙を吐きながら返事をしない姿に、大神に相談したのは間違いだったんじゃないかって思い始めた頃、大きなごつごつとした手が動いて開いていないピースを形作る。 「もし、その時がきたら上下の歯に指を沿わせろ。自分の指ごと噛みつけ。そうすれば雪虫の項を噛み切るなんてことは起こらないだろう」  太い指を二本咥えるように歯を見せる。  白く尖ったそれは暗い車内でもはっきり見えるくらい不気味に光って見えて、人の喉を食い破るくらいは容易だとオレに教えた。  思わず……ごくりと喉が鳴る。 「後は自分で考えろ」  大神の言うそれらが必要最低限の事柄なんだろうってことはわかる。

ともだちにシェアしよう!