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雪虫2 40

 行き場を無くした脳の血がぐるぐるとその場で地団太を踏んだような、耳の奥がぐゎんぐゎんと奇妙に鳴り響くような音を聞いたのが最後だった。  そして今、目を開けたのだけれど……  海の傍だからか、地面から滲み出すようにじっとりとした湿気に晒されて体中が重く感じる。  侮られたのかどうなのか拘束はされていなけれど、傍に人の気配を感じて動くことは出来なかった。 「…………」  ここがあの通路のどこかなのはわかる。  傍にいる気配が少なくとも二人なのもわかる。  じゃあ、雪虫は?  かすかに頬を撫でる風の感触に、こちらが風上なせいで匂いが届かないのを知って、必死に雪虫の声が聞こえないかと耳をそばだてた。  もしや雪虫だけ先に舟に乗せられて運ばれたんだろうかと、冷えた鉛を飲み込んだ気持ちになった時、小さなしゃくりが耳に入る。  堪えようとして、それでも出てしまったようなかすかな声にどっと心臓が跳ねた。  聞こえた。  確かに、聞こえた。  そこにいるんだって、分かって……  拾い集めた小石を握る手に力を込める。  雪虫が泣いているんだってわかって、今すぐ駆け寄りたいのにあの部屋の鍵のかかった扉同様それは叶わない。  どうしてオレをそのままにしているのか、その理由はわからないがそれでも手足が自由なのは確かだ。  今、それを失うわけにはいかない。  ぎ ぎ と噛み締めた奥歯が悲鳴のような音を立てる。  抵抗すらさせてもらえずに気を失わせることのできる人間相手に、真正面から向かって行ってどうにかできるとは到底思えない。  家で感じたあの無力さを思い出して、それでも何とかしなきゃって思って必死にどうにかできる可能性がないかを探る。 「  ────大神にまで手を出したのはまずかったですよ」 「  はは!大神は別に怖かねぇよ。そのバックが面倒だってだけで」  ひやり と胸の内が冷えたのは、セキが震えながら言った大神が事故に遭った件に、こいつらが関わっているんじゃって思ったからだ。 「  あー……バックにでしゃばられるとうるせぇからこんなまだるっこしいことをしてんだろ?」 「  ……そうですが」 「  そいつがいなきゃ、こんなとこ車とばしてとっとと出て行ってるさ」 「  …………そうですね」  もう一人の男は鼻白んだような、少し突き放したような気配だった。 「  そうすればよかったですね」 「  大神ごときにビビってる奴が何言ってんだ」 「  アレ、には関わりたくないんですよね」  『アレ』が何を指すかなんて考えなくてもわかることだ。  こいつらは今、雪虫をアレ扱いした……  力を入れ過ぎたせいで手の中の石が苦しさを訴えるように皮膚を刺激したけれど、そんなことどうでもよかった。

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