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雪虫2 55
オレが何に怒っているのか、大神には伝わらなかったかもしれない。
いつの間に倒れ込んだのか、ぼたぼたと血の落ちる床を見下ろしてぎりぎりと奥歯を鳴らす。
「お前の推測は半分しか当たっていない」
「な、ん 」
「今回の囮は俺だ」
血にまみれた床に、いつか見たのと同じ艶のある高そうな靴の爪先がある。
「雪虫のタグはもしもの際の保険に過ぎない」
こつ と革靴が床を蹴った。
「そんな話誰がしんじ 」
止まらない鼻血を見下ろし、初めてセキと会った時にオレの鼻血で汚してしまったことを思い出した。
大神はそのことに酷く怒っていて……
他の男の臭いがつくのを極端に嫌がる、そんな大神がセキを連れ歩かなかったのは自分の傍が危険だってわかっていたからだ。
自分の傍よりもあの家の方が安全だと思ったから、セキはずっとあそこにいたんだ。
そのことが、何よりも雄弁に物語っていて……
「 だからって、雪虫を囮にしたのは違わねぇだろっ」
ぐっと拳を作って呻くように言うと、いつまで経っても恐怖を感じる冷ややかな目がこちらを見下ろす。
「それがどうした」
呻きながら直江が立ち上がるのを見遣ってから、大神はこちらを振り返らずに歩き出す。
「オレはっあんたを許さないっ!」
その言葉に大神は一瞬だけ足を止めて顔をこちらに傾ける。
「 ────好きにしろ」
ふらつくようにして後ろについた直江に声をかけることなく、大神は何事もなかったように病室から出て行って……
オレは止まらない鼻血に呻きながら病室の床に突っ伏するしかなかった。
END.
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