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落ち穂拾い的な 薔薇色のフェロモン
ガラスで隔てられた向こうで瀬能が何やら作業をしているのを眺めながら、未だに顔色の悪い直江の方へと向き直る。
「休んでいろ」
一瞬、ぐっと飲み込むような気配がしたが「いえ」と小さな返事が返り、それに釣れるように唇を引き結んだ顔が上げられた。
「お傍にいます」
そう言って険しい顔でこちらを……いや、俺の肩を見詰める。
想定していたよりは軽傷で済んだのだからそれで良かっただろうに、こいつは自分が盾になれなかったことを悔やんでいるようだった。
そんな風な役目を直江に求めていると言うわけではないのだが。
「好きにしろ」
俺の言うとおりにすると言っている割に、俺の言葉を素直に聞くわけではないのには閉口するしかない。
「……ありがとうございます」
頭を下げる気配を感じながら瀬能の方を見ると、俺を倣って直江の視線が動く。
二人の視線を受けていると言うのに、瀬能の動きに戸惑いなどは一切見られない。
「アレは……相良が持っていたものと同じものでしょうか?」
「さぁな」
直江の周りをちょろちょろしていた小蠅が持っていたものも、今回みなわが使ったものも、どちらも経験したのは直江だけだ。
その判断が出来るのは、経験した本人のみだ。
「お前はどう見る?」
「……同じものだと、思います。薔薇色の……」
それを嗅いだ時のことを思い出したのか、隠しきれないほど顔を歪めてふらりと体を揺らす。
「あんな強烈なものにまた遭遇するとは思いませんでした」
「そうか」
「一体何なんでしょうか?」
「…………」
みなわの発情に引きずられないように事前に薬を飲んでいたにもかかわらず、あのフェロモンにあてられたと言う。
たまたま、直江に合うフェロモンだったのか……
もしくは直江が薔薇色のと表現したフェロモンが特別だったのか……
「どちらにせよ、いい傾向ではないな」
「 はい」
つい溜め息の出た口元に指を運ぼうとしてその間に煙草がないのに気が付いた。
研究所内は禁煙と瀬能に口を酸っぱくして言われているせいか、ここで吸おうとは思わなかったが馴れた動作が出るのは仕方ない。
もう一度、面白そうに笑いながら試験管を覗き込んでいる瀬能を眺め、溜め息を一つ吐いて踵を返した。
END.
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