209 / 714

甘い生活 1

 家に入った瞬間の雰囲気で、そう なんだってわかった。  これは、俺『土岐悌嗣(とき ていじ)』が繰り返し繰り返し体験したことによる経験から、見るよりも先に理解できてしまうようになった。   「  ──── なんっで  」  駆け寄って抱き上げた体はひやりと冷たくて、俺が動かしたせいかクッと胸がわずかに上下した。 「  は 」  僅かに開いた唇から漏れる吐息は、人が死に際に吐き出す最後の呼吸。  人生で最後の懺悔を吐露すかのような、そんな……  命の蝋燭を自身で吹き消すかのような……    途端、ぐっと快斗の体の重さが増して、支えきれずに一緒に床に突っ伏した。   「なん  なんで……お前がソレを使うんだよっ!」  快斗の体の傍に転げ落ちた、血のせいで鈍い光を放つカミソリ。 「 ──── これは、オレが自殺するためのカミソリなのにっ!」    神様の粋な計らいとか言うやつで、俺はここ十年くらいを行ったり来たりしている。  は?だ。  誰が聞いても「は?」だろうが、俺自身も「は?」ってなる。  でも俺は、何かあるとすぐ死ぬ『日田快斗(ひた かいと)』を、その度にその時間を繰り返して生かすために尽力してるのは事実だ。    最初は交通事故だった。  俺が快斗を拒絶してしまったから、あいつは駆け出して、そして……トラックに轢かれて亡くなった。  Ωだって告白された時、返事が遅れたあの一瞬のせいで快斗は死んだ。  偶然の交通事故。  けど快斗が死んだのは事実で、俺はそのことを悔やんで悔やんで、悔やみ続けて……実は快斗のことを好きだったんだって気が付いた数年後に首を括った。  それが、すべての始まりだ。    ……暗い中で、何も見えないのに笑みが分かった。  微笑んで ?  違う、底意地の悪そうな、虫を観察する子供の笑みだ。  それが二つ、  俺が目覚める前の意識はいつもそれを見ていて、それから目が覚める。  ……そうしたら、世界は快斗が死ぬ前に巻き戻っていて……  この映画も何度目だか……  人気漫画の実写映画化で、話題ではあったけれどその実、話題だけのお粗末な作品だった。  それを、何度観たか……  この辺りはぐるぐるしすぎて俺もいい加減覚えきれなくなってしまっていて、快斗が変な顔をしていたのを見た瞬間にやってしまったって思ったから、やり直しをした時に、   「なぁ!この映画もうすぐ終わっちゃうし、観に行こうよ!」  って言われた際にはにこやかに是の返事を返した。  結局この返事をしてしまうと言うことは、快斗の人生においてこの映画を見るってことがもう、運命なんだろう。  ……運命、なんて、なんて馬鹿らしい。  俺と快斗の間にはないものだ。  でも、それでも、俺はあいつのためなら幾度だって刃物で喉を掻き切れる。

ともだちにシェアしよう!