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甘い生活 19
銀色の、見馴染んだそれは相変わらず硬質で、冷ややかで、突き放すように無慈悲だ。
それに映るのは青ざめた情けない面を晒している男で……
「 」
惨めなその姿に、体中の力が抜けてぺたんと尻餅をつくと、気付かない内に小さな笑いが漏れた。
「 は 」
繰り返し繰り返し、繰り返した。
あの俺を嘲笑いながら見下ろす二つの双眸に見詰められながら、快斗が生きて幸せでいてくれるためならばと、幾度もこれで首を掻き切った。
守りたくて、
笑っていて欲しくて、
「 っ、いたっ」
一度も使われていないカミソリは鋭利で、震える手で触れていたせいか薄く指先を切ったらしい。
小さな傷なのに指先だからか驚くほど痛くて、赤い血が鏡面を汚すように広がる。
首を切る痛みも恐怖も、快斗のためならなんてことはなかった。
「俺は、快斗を……幸せに…………」
ぽつん と呟いた言葉は心に波紋を起こす。
「…………快斗が幸せなら、……」
快斗が幸せになってくれるなら、それだけが俺の望みだ。
そして運命の相手なんて言う御大層なものならば、俺なんかよりも快斗を守ってくれるかもしれない。
……もしかしたら、そいつなら快斗を死なせることがないかもしれない。
繰り返し繰り返し、死に戻ってなお快斗が死んでしまうのは、運命じゃない俺が傍にいるからなんじゃなかろうか?
だから、あの目はいつも嘲笑うように俺を見下ろしているのか……?
現に前回では俺が快斗の死の原因だった。
「……」
カチャン と膝の上に落ちたカミソリがゆっくり滑って床の上に転がる。
「……そうか」
ふらふらと立ち上がって、必要最低限の目につくものだけを鞄に詰め込んでからメモを引き寄せた。
前回は行く先とすぐに戻ると書いたメモ用紙だけれど、今回はまだまっさらで俺が汚すのを待っているようだ。
今回はさようならと書けばいい。
今までありがとう、幸せに……とも。
「 ────」
指で用紙の上をなぞると赤い軌跡が残る。
「 はは」
零れた笑いを咎める人間はおらず、ただ長い夏の日差しだけが執拗に責め立てるように部屋の中へと伸びてきていた。
「……はぁ、じゃあ行くか」
自分が汚してしまったメモ用紙を破り捨てててから玄関へと向かい振り返る。
その先は五年間快斗と甘く過ごした家のはずなのに、気まずげでよそよそしくていままで住んでいたとは思えないほどだ。
二人で過ごした日々は甘い甘い、生活だった。
それももうおしまいだ。
「……いや、そうじゃないな」
これから残りの苦い人生だって、快斗が幸せなのだとしたら俺にとっては甘い甘いものになるだろうから。
END.
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