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甘い生活 18
そう言うとますます快斗は嬉しそうに微笑んで……
しっかりと手を握り締めながら、このままずっといたいと願っ
「────っ」
くっと手を引かれてたたらを踏んだ。
「……快斗?」
立ち尽くす快斗に振り向くと、足を縫い付けたようにその場に立ち尽くしたままで、俺だけが先に行こうと焦っているような状態だった。
下心があまりにも出てしまったようで気恥ずかしくて、「ごめん、急ぎ過ぎた」って謝った瞬間、聞こえてきた言葉に息が止まった。
「……いい、におい」
小さな声だったにも拘らずそれは真っ直ぐに俺に届く。
赤い、顔。
発情期の、欲情した顔だ。
さっきまでとは明らかに違う、発情した……顔。
漏れた呼吸が、明らかに熱を含んで艶めかしい音を立てる。
「快斗?」
もう一度呼びかけてみても、その視線は俺を見ずに行き過ぎる人を追いかけるように動く。
「かい 」
視線の先に、辿らなくても誰かがいるのは分かった。
「オレの……アルファだ…………」
さっき、離すなと言っていた指先が、少しの躊躇もなく俺の手をすり抜け行く……
「快斗っ!待っ 」
手の中から逃げて行く温もりを追うように背を向ける快斗は、もう俺の声なんか耳に入っていなくて、振り向きもせずにあっと言う間に視線の先にいる運命に向けて駆け出す。
名残のように残った温もりはあっと言う間に霧散して……
それは、たった一瞬の出来事だった。
何が起こったのか理解が追いつかないほど、あっと言う間に雑踏に消えて行った快斗の後を追いかけるのができないのは、目の前で運命に飛びつく姿を見たくなかったからだ。
αに抱き着いて愛を告げるそんな姿を、俺は……
「 は、はは 」
プライドも何もなく、行き交う人々が無遠慮に視線を投げかけてくるのを承知で膝から崩れ落ちた。
「なん……だ?それ 」
快斗には運命がいるって、
繰り返し繰り返し人生をやり直しても、
俺の手を振り払う日が来るって、
いつかこんな日が来るんじゃないかって、思わなかったわけじゃないけれど。
一人で辿り着いた部屋は夏場だと言うのにひやりと冷たく感じる。
暑い中歩いてきたと言うのに俺の体も同様に血の気が引いてひやりと凍えるようで、気づかないうちに体がかたかたと震え出す。
框に足が引っ掛かって盛大に転んだけれど、心配してくれる声を聞くことはなかった。
おかしい……
今頃は二人で帰り着いて、ふざけて笑いながらお互いの体を抱き締め合っているはずなのに……
今回も無事にやり直すことができて、それで二人でまた新しく人生をやり直して行くはずなのに……
何があっても、死んでも一緒にいたいって願っていてくれたはずなのに……
「そう ────やり直せば 」
天啓のように閃いた言葉に笑いが出た。
今回うまくいかなかったんだから、もう一度やり直したらいい。
警察署からタクシーで帰れば快斗は運命に出会わない、それからすぐにつかたる市から引っ越せば……
「そうだ、そうすれば。今ここに快斗はいてくれる」
ぶるりと震えた体を抱き締めて奮い立たせると、急いで自分の部屋へと行って引き出しへ飛びつく。
「これ、毎回……ヤなんだよなぁ」
小刻みに震え続ける指ではカミソリをうまく広げることができなくて、幾度もやり直してやっと刃を出すことができた。
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