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運命じゃない貴方と 1
大神が、その風体からでは思えないほど穏やかな声を出し、女性に柔らかに話しかける。
そうすると、咲良と名乗った女性はやせ衰えた体から出ているとは思えないような、朗らかで明るい声を上げた。
なんてことはない、ただの男女の会話風景だ。
けれどそれを入り口からじっと見つめる目は困惑し、どうにか伺いを立てれないものかと大神がこちらを向く瞬間を、息を詰めるようにして待っている。
「それでな、さとくん」
「うん?」
「くん」をつけて呼ぼうものならその大きな拳で殴りつけるのでは思わせるのに、大神の返事は穏やかだ。
咲良に対して決して脅すようなことも、ぶっきらぼうな言葉遣いもすることはなかった。
それは、大神がどれだけ咲良を慈しもうかとしていることを表していて……
あかはぐっと唇を引き結んで腹の前で拳を作る。
「 ────あかあかとした そは、恋」
咲良の詩を読む声が味気ない病室に満ちて、味気ないただの白い部屋を温もりのある空間へと変えていく。
「せきせきとした 」
柔らかな声が読み上げる声を、あかはただ黙って聞いていた。
一時間も喋っただろうか、咲良がふらりと体を傾げさせたのを大神がさっと抱き留めた。
それから二三のやり取りをしてから、咲良は諦めたようにベッドの上へと体を横たえ、大神は甲斐甲斐しく掛布団を駆けて整えてやる。
伸ばされた枯れ木のような細い手を大神が掴むと、一瞬でへし折ってしまうのではないかと言う気にさせたが、それでも咲良は手を握られて幸せそうに笑う。
また、そこから穏やかにとりとめのない会話が続いて……
「 …………」
大神の問いかけに返る言葉が途切れた。
小さな寝息がはっきりと聞こえるのに、大神はさらにしばらくの間じっと様子を窺い、それからやっと席を立つ。
細い手を傷つけないように気をつけながら布団にしまい、額にかかる髪を払ってからそろりと後退り始める。
「……?」
あかから見てもそれは不思議な光景だった。
咲良は寝てしまっているのだからさっさと廊下に向かえばいいのに、大神のその態度はこの部屋を出るその瞬間まで咲良を視界にいれておきたいとでも言うように見える。
そっと、病室の戸を閉めた時、吐き出された息の重さにあかは思わず大神を支えてやらなければいけないんじゃないかと言う気になった。
それくらい、大神が疲れ果てたように見えて……
「だ、大丈夫?」
大神に訊ねたいことがあったはずなのに、そんなことはすべて吹っ飛んでしまうほどだ。
自分よりもはるかに大きい男を見上げて、あかは怯えたように身を竦めた。
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