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運命じゃない貴方と 2
大きな手が掬い上げるようにしてあかの腰に伸び、乱暴に自分の方へと引き寄せる。
「わっちょ……なに……」
ジタバタと手足を振り回して暴れることもできたけれど、あかは自分の肩に顔を埋めて大きく息を吐き出す姿にぐっと唇を引き結んだ。
自分が手を添えたからと言って支えられるものではなかったけれど、漠然と寄り添わなくてはと言う思いに駆られてあかは大神を抱き締め返した。
艶のある黒い車に乗せられて、あかは気後れしてぎゅっと体を竦ませる。
自分の体が触れると、見るからに高級そうなシートを汚してしまいそうで、両手を硬く胸の前で握り締めた。
「パーティションを下ろせ」
「 はい」
運転手の男が一瞬あかを見たが、特に何も言うこともなく素直にパーティションを下ろす。
狭くない車内とは言え、そうしてしまうとまるで脱出不可能な密室に閉じ込められたように思えて、あかは落ち着かずに喉元を擦る。
「怪我の具合は?」
「え……あ、うん。別に、これくらい」
自分の命を盾にするなんて恥ずかしいことをしたと思いつつ、指先に触れた傷を繰り返しなぞった。
けれど、この男について行くためにはそれくらい惜しくないと思っての行動なのは事実だった。
「……あの、さっきの人は…………」
「奥さん?」と尋ねようとして言葉が詰まってしまう。
自身を幾度も底の底まで暴いた大神の左手の薬指には指輪らしきものは見えない。
けれど、既婚者のすべてが指輪をするとは限らないと、あかはよく知っていたし、それを逆手に取る人がいることもよく知っていた。
母の懇意にしていた男性の中にも、何人かそう言う人物がいたのは確かだったから……
あかの視線に気付いたのか、大神はふぅと一息ついて左手を突き出してくる。
広げれば顔全体を覆ってしまうのではないかと言うほど大きな手を目の前で広げられ、びくりと肩を震わせてさっと目を逸らした。
「納得したか?」
「別に……指輪なんて、絶対につけるものじゃないし」
大神が近づくとどうにも落ち着かず、あかはぎゅっと身を固くする。
堪らなく惹かれる、
でも、
同時に酷く怖い。
けれど、この男を思うとこれ以上ないくらいの幸福感に苛まれて……
自分自身ですら良くわからない感情に困惑しながらも、あかは吸い込まれるように大きな掌に頬を摺り寄せる。
「……俺が、尋ねてもいいの?」
あかは、大神がこれを断ると思っていた。
さんざん体を繋げて、溶けるように交わったと言ってもお互いの何かを知れるほど会話らしい会話もしてこなかった。
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