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この恋が不幸だと、貴方は思いますか?1

 この恋が不幸だと、貴方は思いますか?  桜の木の下のベンチに彼は腰をかけている。 「こちら、よろしいだろうか?」  よた……と杖をついてよろけながら近づいた私に、彼は慌てて立ち上がってベンチを譲ってくれた。  柔らかなオレンジに透ける髪と、つぶらな茶色い瞳だ。 「どうぞ!僕もう行きますので……」 「あ! もし……」  こんなこと言われると彼も困るだろうことは承知だったけれど、私には追いかけて行くことができないのだから追い縋るしかない。 「もしよろしければ、少しだけ……話し相手になってもらえないだろうか?」  伸ばした手は皺くちゃで、彼の張りのある艶やかな肌の前にはひどく恥ずかしく思えた。  だから、勢いだけで伸ばした手を慌てて引っ込めようとして…… 「あのっ  」  なのに彼はさっとその手を取って握り締めてくれた。  この年でやっと見つけることのできた運命の手は、泣き出したくなるくらい沁み入るような温かさを持っていた。  この世で、運命と出会えるαは一体どれほどいるのだろうか?  私はその奇跡を信じて生きてきたのだけれど……  友人達の中にも知り合いの中にも、終ぞ運命に出会ったのだと言う話は出なかった。  この恋は、不幸だろうか?  出会った頃は盛りだった桜の花が散り始め、薄紅に染まっていた景色にわずかに空色が混じり出す。  そんなに長い時間ではなかったはずなのに、私と彼はずいぶんと昔からの知り合いだったかのように沈黙も困らない間柄になっていた。  ただ、二人でベンチに並んでその先にある公園を眺めるばかりだけれど……  それだけの時間がたまらなく幸せだ。  小さく薄い桜の花びらがさらさらと風に煽られ落ち、彼の髪に留まったのを見ればそれが酷く妬ましくて、うまく上がらない腕で懸命にそれを追い払う。 「花びらがついてたよ」 「ありがとうございます」  柔らかに微笑み返してくれるのならば、多少の嫉妬もいいものだ。  私の耳は彼の幾つかの言葉をうまく拾うことができなくて、だから会話は途切れがちだったけれど、それでも彼は癇癪を起こすことも呆れることもなく、ゆっくりと辛抱強く私に付き合ってくれる。  優しく、  可愛らしい、  私のΩ。  もう少し早く出会っていたらと思わないでもないが、その時分には彼はまだこの世に生を受けてはいないだろう。  だから、私達がこの今のタイミングで出会ったことにも意味があるのだと……  そう信じたい。  散る桜に急かされるように、私達はお互いの間でそっと手を重ね合わせた。    

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