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落ち穂拾い的な 大興奮する瀬能
面倒そうに椅子の背もたれに体重を預けながら瀬能は聞きなれない海外の言葉を口にする。
単語なら拾えるかと耳をそばだててみるも、知っている単語とよく似ている……と言うことまでしかわからない。
それを流暢に操って……
「 ───は⁉」
いきなりその体が跳ねあがって、デスクに食らいつくようにメモを取り始める。
「な、ん、何⁉ どう言うことです⁉」
いつも人を食ったような飄々とした態度からは一変した姿に……何かがあったんだとそろりと様子を窺った。
瀬能は日本語で話していたのに気がついたのか、はっとしてからまた再び落ち着いたようにしゃべり始めたが、その体はそわそわとして揺れている。
「何かあったんです?」
オレとしては、そんな瀬能の行動を無視するわけにもいかないからとりあえず声をかけるけれど……オレの分かる問題だったらいいなぁ。
「 妊娠したらしい」
はぁ?と返して、瀬能の子供かとあきれ返る。
この年で元気ですね と言うべきか、それとも奥さんのことですよね って確認するべきか……
「えーっと、おめでとうございます」
いろいろ飲み込んでそれを告げるオレに、瀬能は珍しくぽかんとした表情でこくこくと頷いた。
室温を見て、寒すぎかと少しだけ温度を上げた。
オレもそわそわとしているけれど瀬能の様子もいつもと違っている。
「あのー……本当なんですか?」
「……どうだろうね」
そう言いつつも目がギラギラしているように感じて、これからくる「βなのに妊娠した」と言う人物が怖がらなければいいなと願う。
「検査の間違いとかじゃないですか? バース性か妊娠か、どっちかは知りませんけど」
世の中には想像妊娠って言葉もあるくらいなんだし……と瀬能を見るけれど、オレの言葉が聞こえているのかいないのか……
「国からの紹介だからね、そんな不確かなものを寄越したりはしないと思うよ」
そう言って瀬能が弄るのは一般に普及されているバース性の検査キットと、新しく開発されたバース性の検査キットだ。
「いやでも、それってバース性の根底って言うか、根本がもうダメじゃないですか」
「うん、そうだね。オメガの定義が発情期があって男女どちらでも妊娠可能って言う部分だからね」
「そこが揺らいじゃバース性そのものの話が変わってくるじゃないですか。やっぱり何かの間違いか、招待断り続けてる瀬能先生への嫌がらせなんじゃないです?返事くらい出しましょうよ、大人として」
そう言うと瀬能は少しだけ「うるさいよ」と言いたげな顔をして見せる。
「でも、先生が作りたいのは運命をぶっ壊す薬なんだから、ベータ性の人を見てなんかなるんですか?」
「うーん……そうだねぇ……僕はその内、バース性は滅ぶと思っているからだよ」
「⁉」
なんだか物騒な話をされた と、思わず飛び上がった。
指先を合わせて返事をする瀬能の目はこちらを見ていなくて、オレの問いなのに返事はオレに向けていないかのようだ。
「……バース性は、いつか無性に溶けて混じって薄まって、やがて消えていく」
「や、でも、ベータがオメガ化しているんだったら逆じゃないですか」
βにΩの特徴が現れるなら、それはもうβじゃなくてΩだろう。
「バケツに一滴、黒インクを垂らしてごらんよ、そりゃ最初は水と混じって少し薄くなった黒インクだろうけど、やがてインクは消えてしまうだろ?」
「消えちゃうわけじゃないじゃないですか、どんなことを言っても、そのバケツの水は黒インクを垂らしたものには変わりないんですから」
「うん、でも決してそのバケツの水で文字は書けないだろう?」
「……」
「一時はベータのオメガ化に思うかもしれない。バース性で最も少ないオメガが勢力を伸ばすように見えるかもしれない。でもこれは、バース性の崩壊の合図だよ」
相変わらず瀬能の視線はこちらを見なくて、気まずい思いだけが後に残った。
END.
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