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プロローグ**秘めた想い(1)
その人の名前は森野雅 。4歳年上の大学生。漆黒の髪に一重の鋭い目。涼やかな相貌をした、ぼくよりも頭ひとつ分背が高い、モデルみたいに格好いい、物腰が落ち着いたひと。
見た目は少し怖そうだけど、知ってる。ぼくが幼稚園の頃、当時はすごく泣き虫で、骨張った大きな手が優しく撫でてなぐさめてくれたこと……。
で、なんでそんなに泣いてたかっていうと、理由は単純。中条 サクラ。女の子みたいな、それがぼくの名前。
今はもう女の子みたいな名前にコンプレクスはないけれど、幼稚園時代なんかはこれのおかげでよくからかわれた。自分の名前が大嫌いで駄々をこねて泣いていたのを覚えてる。
そんなぼくを、雅さんはいい名前だと褒めてくれたんだ。寒い冬を超えた後に咲く桜は、春を知らせてくれる陽だまりのような花だと――。長い冬を終えてみんなを励ます桜はよく似合っていると、なぐさめてくれてたっけ……。
雅さんがそう言ってくれたから、ほんの少しだけ、自分の名前が誇らしく思えたんだ。
そんなぼくは桜の花のような優雅さも華やかさもない。黒い髪は雅さんほど艷がないし、目はタレ目。背は低くもなく高くもない。どこにでもいそうな、いわゆる平凡な容姿をしている。
そのぼくが雅さんに恋してると気がついたのは実は最近。
きっとね、慰めてくれる優しい手や仕草からだと思う。気がつけば、雅さんに恋心を抱いていたんだ。幼い頃から積み重ねてきた想いだったからなのかな、少しも恋心に気づかなかったんだ。
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