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1.湾岸

 雑居ビルの二階にある家で二人の男性がつまらないテレビを眺めながら暇そうに時間をつぶしている。  テレビには一生懸命に日本の復興の為にスピーチをしている男の顔がテレビに映っている。我が国を取り戻す、それが口癖なのかは知らないが、そんなような言葉を何度も幼いころから聞いているものだから信用などできはしなかった。今の日本は世界的に見て「無政府状態」というやつだ。  公共サービスは廃れ、水道もガスも電気も闇の社会の息のかかった企業だけが生き残り、市民もそれを利用するほかない。多額の税金や高額転売などが横行し貧富の格差は広がる一方だ。警察も軍も機能していないこの国は今や無法地帯になっている。反社会的勢力の支配の強さは東京から離れるほど強く、地方は無政府状態の場所の方が多い。  かろうじて企業等の枠組みは残っているためインターネットも飛んでいるし、電話だって使える。電車やバスなどの公共交通機関も、妨害がなければ使えるがわざわざ遠出をするような物好きは少ないように思う。住んでいる地域が何かの組織の支配下にあるような人は尚更他所には行かない。組織間の抗争が激しいからだ。  テレビには娯楽などは無く、連日国の情勢を伝えるだけの戦時中のラジオとそう変わらないものと変わってしまった。  その為、何か映画でも見たいのならインターネットで海外が運営する動画配信サイトを見るのが一番いい。勿論日本は介入していないので日本語の字幕なんてものはついていないが。  青髪の男が退屈そうに伸びをすると手や腕に物が当たった。男二人で暮らすには少し狭い部屋のように感じるが、今の東京の湾岸で壊れていない部屋を借りていられるだけ裕福な暮らしはしている。東京の家賃は地方の何倍も高いからだ。  青色の髪の男はガル。戸籍もなければ身元もわからない男だが殺しの腕だけは一流だ。その隣の緑色の髪の男は(ウォン)。日系中国人で昔はマフィアに所属していたがわけあって今は無所属。追われることも多いがそのたびにやり過ごす身のこなしの巧さは彼の強みだろう。  二人は東京湾岸の中立地区で暮らしながら「」をしている。その名前は…。 「お電話ありがとうございます。ツインヘッドスネークです。殺しから清掃までなんでも承っております。ご用件は…」 「なんだよ~つまんな。もっとパーッとした仕事が良かった~」  ぶつぶつと文句を言いながらガルは箒を振り回している。いやそうな顔をして。 「仕事を選んでいたら明日の飯さえありませんよ、ガル。貴方がやっているアクセサリーショップが馬鹿みたいに流行る予想でもありますか?」 「オレのセンスを分かる人間が少なすぎんだよ~」  抗争でもあったかのような激しい損傷のある建物を清掃中。血痕も残っている所を見れば何があったか想像くらいはつくものの、深く追求しない。それが仕事だから。  ”清掃”が嫌いなのかガルは常時不機嫌で箒もモップも荒々しく振り回す。とはいえやらないわけではないのが彼らしい。文句を垂れ流しながらもそれなりの手際で清掃を続けている。 「あーあ、次の仕事はスカッとするのが良いなぁ~」 「はいはい。営業はしときますよ」  ガルは駄々をこねる子供のような言動を繰り返す。それは(ウォン)にとっては見慣れた光景だった。ガルはいつもこう。元々言葉も話せなかったのだから意思疎通が取れるだけでまともだと思うこともある。だがまぁ、こういうのも悪くはないものだ。可愛らしいとも思う。 「こっち終わった~」  ガルはのそのそと(ウォン)の傍に歩き寄って箒をぽいと投げるように渡す。そのまま伸びをして座り込んだ。  ガルはこういう作業がどうも苦手らしい。私生活を見ているだけで片付けができないことはわかりきっていることだが、根本的に地道な作業が苦手ということではない。彼の店は物が多いがそれなりに整理整頓されているからだ。つまり興味がないことはやりたくない、ということなのだろう。 「お疲れ様です。こちらも終わりましたから、報告して帰りますか」 「帰りに凛凛バーガーよってってもいいか~?」 「どうぞ」  スマホで軽く現場の写真を撮って依頼主に送信する。大抵の場合文句など言われないのだが後日呼ばれては出費が掛かるので基本は返信を待ってからその場を去るようにしている。連絡をしている(ウォン)を横目にガルはバーガーショップのオンラインサイトを見ているようだった。凛凛バーガーというのは中国発祥のバーガーショップ。青龍の息がかかっている企業ではあるもののそこら辺のギャングが営業する個人店よりは100倍マシな店だ。 「うぉんも食うか?」 「そうですね、私はチーズバーガーでいいですよ」 「おっけ~予約しとく~」  ハンバーガーの予約が終わったのかガルが(ウォン)を見上げた。それに(ウォン)は気づいていないようで無言で取引先と連絡をしている。(ウォン)は睫は長いし肌も綺麗で、まあまあの高身長。もともと荒れた地域の生まれだから学校には通っていないが頭もよく判断力だっていい。そんな彼を見てガルはモテてそうだなと思った。実際はあまり付き合うことはないらしく付き合ったとしても長くは続かないのだとか。 「………なんですか、人の顔をじっと見て」 「カノジョつくんねーの?」 「面倒くさいじゃないですか、デートやらセックスやら」 「めんどいのかよ」  しばらく見ていると(ウォン)は連絡が終わったのかスマホをポケットにしまう。それを見てガルは立ち上がり出口へと歩き出した。行きはしぶしぶついてきたような歩き方だったガルだが帰りは楽しいのかスキップをするように小走りで先を歩いていく。そわそわとしながら何度もスマホの画面を見たり進行方向を眺めたりしていた。視線の先には凛凛バーガーがある。 「先に凛凛バーガーいく!ゆっくりついてきたらちょうどだと思うぜ!」  ついに待ちきれなくなったようでガルは凛凛バーガーに小走りで向かっていった。無邪気な子供のような彼を目で追いながら、(ウォン)は溜息をついた。 「”彼女”…か…」  (ウォン)は立ち止まる。小さく零れ落ちた言葉はガラスの破片のようで、ズキンと胸が痛んだ。別に今まで一度も付き合ったことがないとかそういうことではない。そして以前付き合った人と辛い別れをしたわけでもない。むしろ自分で言ったように面倒くさくなるのだ。相手が私を好きになっていくほど面倒に感じるようになって、デートもセックスも、日常会話でさえ面倒になって結局は別れる。その原因は(ウォン)にははっきりと分かっていた。  彼女なんていらない。けれど恋人が欲しくないわけではない。たった一人が欲しいだけなんだと分かっている。そんなことをガルは知らないし、教えることもないだろう。  心に本音をぎゅっと押し込んでガルを追いかけた。それほど遠くない場所でガルは手を振っている。先にスマホでオーダーしておいたからか、もう出来上がっていたようだ。袋を抱えて手を振る姿は本当に子どもそのものだった。ガルは身元不明の孤児だから正確な年齢はわからないがもう成人しているだろう歳だ。それがこうなのだから尚更可愛いと思う。 「みろよ~ポテト無料だったんだぜ~」 「おや、それは得をしましたね」  凛凛バーガーの前まで来ると袋の中のポテトをつまみ食いしながらガルが横に並んで歩きだす。ジャンクな匂いは食欲を刺激した。(ウォン)は私も一本、と手を差し出してみる。言葉を発さなくても通じたようでガルはフライドポテトを一本差し出した。塩分の採り過ぎになりそうな味、いかにも凛凛バーガーのポテトという感じだ。  しばらく駄弁りながら、道なりに進んでいく。時間帯は夕暮れと言ったところだった。まだ人通りの多い交差点を曲がって少し細い路地へと入ってい行く。その先に止めてあるナンバーのないバイクに跨る。後ろにガルが座ったのを確認してエンジンをかけた。 「安全運転でオネガイしま~す!」 「警察でもいたらかっ飛ばしますけどね」  ジャンクフードの匂いが風で流れていくのを感じながら二人は家に向かって走り出した。

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