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2.スネークアイ
ガルと王 が経営するツインヘッドスネークの事務所兼二人の家は雑居ビルの二階にある。その下の一階にはガルが営業しているアクセサリー&雑貨屋「スネークアイ」という店も一緒に入っている。
外観からものであふれており看板も小さく、お世辞にも入りやすい店ではない。店員もガル一人だけで、営業日や時間もまばらなため客はそこまで多くはないのが現状だ。
「今日は人が来るといいけどなぁ~」
外にオープンの看板を立てかけながらガルがつぶやいた。字の下手なガルに代わって王 が書いてくれた立てかけ看板だ。30近い男が書くとは思えないような可愛らしいイラスト入りの黒板。それを言ったらおそらく20代中盤の男が一人で女性向けのアクセサリーショップを開いているのはそれはそれで似合わないのだが。
伸びをして店内に入っていく。狭い店内に所狭しと雑貨やアクセサリーが詰め込まれている様はいつ見ても圧巻だ。長年集め続けた雑貨もあれば最新モデルの腕時計なども置いてある。店内は歩きにくいがかえってそれが好きで続けているところはある。俺はこの空間が好きだ。ここにおいてあるものはほとんどが売り物だが、ガルの大切なコレクションでもある。売れていくのは少し寂しさもあるが、それよりも持ち主ができた喜びがあると思っている。
そして店内には一匹のウサギがいる。名前は特にないがロップイヤーの茶色い子だ。万引きが出ないように放っているのだ。ウサギ自体は何もできないが、小型カメラがついているので案外役に立つウサギである。その上暇な時は可愛がっていればいいのだから居るだけで癒しになる
(それに、餌やりでちょっと金も入るしな…)
レジ奥に入って椅子にもたれ掛かる。そして店内音楽をかけた。これで一応オープンだ。問題は客が来るかどうかだが……、まぁ期待はしていない。客が店内に入ると音が鳴るようになっているからとガルは目を閉じた。早起きが得意ではないガルは出勤後に二度寝する。開店時から客が多く入る店だとしたらとんでもない行動だが、個人経営の小さな店でそんなことはほとんどない。優しいBGMを聴きながら寝るのが日課のようなもの。ふわりと意識が消えていって浅い眠りに入る。
どれくらいたったのだろうか。ドアの開く音と入店のチャイムが聞こえた。その音でガルは目を開く。
「………ん…。いらっしゃい……」
レジから入口がよく見えない為、適当に挨拶をした。まだ眠いのか何度も瞬きをして欠伸をしている。店の奥の方まで入ってきた客を見るといつも来る女子高生だった。
「おにーさんまた寝てんじゃん。もう昼過ぎてんぞ?」
「そなの?客来ないから寝てたぜ」
常連客の女子高生は不登校らしく、平日の昼間にもよく来る。うさぎの小物がお気に入りでよく新作を覗きに来るのだ。
「客来なくてよく潰れないね」
「好きにやってるだけだしな」
女子高生はウサギを抱き上げ撫で始めた。常連客ということもあってウサギは懐いている。いつも寝ている店主より可愛がってくれる常連客の方がいいのか客に寄っていくウサギなのだ。
「新作出た?そろそろって言ってたじゃん」
「ラビビーラのアクセ?1週間前に入ったのはこれだな」
レジの下のショーケースを指さした。新作は指輪とネックレス、ブレスレットだ。ウサギがモチーフのアクセサリーが人気のブランドでポップさが売りらしい。新作は宇宙ウサギシリーズ。
「わ、チョー可愛いじゃん。宇宙柄だし天才」
女子高生がショーケースに張り付いた。どうやらとても気に入ったらしく目を輝かせている。
「センスあるよな〜ココ。東京じゃここくらいしか取引してないの勿体ないぜ」
「他で売ってたらここ客来ないんじゃない?」
ガルは基本ブランドや製作者へ直々に取引をもちかけている。そのため珍しいアクセサリーが多数あるのがこの店の良さだ。唯一無二とまでは行かなくとも江戸川区ではここくらいしかないだろう。
「で?買ってく?」
「うん!コレ!青いほうね」
「毎度あり〜」
ショーケースの鍵を開けてアクセサリーを取り出した。慣れた手つきで箱にしまって袋に詰めるとアンティークなレジに値段を打ち込む。
「んー、合ってるか?値段」
「大丈夫、あってるよ」
古いレジには計算機能は付いていないので基本ガルが暗算している。だがガルは計算が得意では無いので毎回客に確認しているのだ。
「じゃ、これで。ポイント1個おまけで押しとくぜ〜」
女子高生がお金を出している間にポイントカードにスタンプを押した。
「今日は優しいじゃん。また来るから次も新作入れといてね」
「あったらな〜」
女子高生は嬉しそうに紙袋をもって外へ出ていった。ゆらゆらと手を振って見送ってもう一度欠伸をした。時計を見たら本当に13時を過ぎていた。今日はよく寝たな。よく寝れたということは店に客が来なかったということになるので何とも言えない気分になった。
そもそも政治が破綻してきている日本でアクセサリーショップの需要があるかと言われたら微妙なところだ。生活に必要な物さえ手に入らないような生活をしている人の方が多いのだろうから。
「…。だからって、変えたくねーや」
ぽつりとつぶやいて帽子をかぶった。階段を下りてくる足音が聞こえたからだ。この雑居ビルを使っているのはツインヘッドスネークの二人だけ。――王 だ。
「ガル?少しいいですか?」
「ん~」
カーテンの向こうから囁くような声で問いかけられた。仕事中に声をかけるということは”仕事”だ。
「………江東区のA地点、ターゲットは日系中国人です」
カーテンの隙間から二枚の写真を渡された。証明写真のようなものと、後ろ姿の写真だ。
「りょーかい。タイムリミットは?」
「夜の7時には帰宅するそうですが…始末できるならいつでもいいそうです」
写真をポケットにしまって伸びをした。仕事 が入ったならスネークアイは閉店だ。
「ほかに指定は?後始末とか」
「後始末はこちらでします。どうやら骨の一つも要らないらしいので」
「うわ~やばそ~」
久しぶりに感情が強そうな依頼だ。自殺に見せかける必要もなく遺体も不必要で骨すら処分してほしいということは”抹消”したいということか。仕事の相手の感情や経緯に踏み込む気は全くないがこういう依頼が来ると人間は恐ろしいと思う。
「送っていきますよ。いい感じの車をいただいたので」
「一回で廃車か~?贅沢だな」
バイクではなく車で行くということは持ち帰るものがあるということだ。骨の一本も残してほしくない依頼で持ち帰るものは………。洗って臭いが取れなきゃ廃車だろうな。それか座席を引っこ抜いてそこだけ変えるか。面倒だから海に沈めそうでもある。
「ほら、店を閉めてください。ドライブデートですよ」
ガルは立ち上がって店の外の看板をしまった。そのままシャッターもおろして、鍵を閉める。
「さわやかな曲かけてくれよな~」
レジ奥のカーテンをくぐって裏口の方へ歩き出した。そしてお互いを見つめあって腕をあげた。ガルは左腕を、王 は右腕を顔の横まで上げてクロスさせるようにぶつけ合う。そして。
「「ツインヘッドスネーク!」」
――さぁ仕事の時間だ。
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