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第1話 夏休み直前
「……気を付けて過ごすように、以上」
窓の外眺めて思考を空の彼方に飛ばしていたら、せんせーが、どんと教卓に出席簿をたたきつけた。
驚いて、目が覚めた。終了の合図なの、それとも何かの儀式なの?
「帰り、カラオケ寄ってこーぜ」
右手にマイクを持つふりをして、左手をぶんぶん回しながら抑揚をつけて話す。相変わらず今日も楽しそうだ。優秀の「秀」に一番の「一」と書いて秀一、だけど俺はあいつの名前は週一の間違いだと思っている。週に一回は、女にフラれて泣いている。
「俺、腹減った」
「カラオケでなんか食えばいいじゃん」
「高けえ」
高校生の財布事情と、食欲をなめるなよ。それよりまたシュウイチとしかつるんでないと思われるのも嫌だ。愛すべきやつではあるが、頭悪すぎる。科学の授業の時にあいつは教科書横にして、「H2Oっさ、こうやって見るとエロにみえね?」と数字の2のを指先で隠した。
隠したんだけど、結局2だけ隠すのができなくてカタカナの「エ」だけが残った。
「エしか見えねえ」
「あ、ほんとだ」
馬鹿だけど、愛すべきやつだ。でも今日はシュウイチの子守りしてやる暇はねえんだ。
「用あるし、家帰って飯食うわ、またなシューイッチくん」
「なんか、お前のその呼び方嫌い」
あれ?気が付いたか、からかってんの。
シュウイチはどうでもいい、そんなことよりかっちゃんが今日は帰ってくる。
かっちゃんは、俺の大学生の従弟。小さい頃からよく遊んでもらった、いけない事はみんなかっちゃんから習った。
四月に東京の大学に通うために引っ越してしまったかっちゃんが、帰って来るんだ。
歩きながらもつい、にやにやしてしまう。どうしたって、そうなる。顔の筋肉は緩みっぱなし。
「ひなチャン、車乗ってくか?」
後ろから近づいてきた車のウィンドウが開くと、笑顔のかっちゃんがそこにいた。
「かっちゃん!乗る、乗して」
「相変わらず元気だな俺のひなチャンは」
「その呼び方止めてよ、俺には立派な陽向って名前があるんだから」
「はいはい、ひ・な・たくん、嬉しそうだな」
「いっつもそうやって揶揄う。いいか、かっちゃんなら」
「そっか、陽向にそんなに喜んでもらえんのならゴールデンウィークも帰って来るんだったなあ」
「そうだよ、どうして帰ってきてくれなかったの?」
「まあ」
膨れて拗ねてみせる。もしかしたら、かっちゃんはあのことを気にしているのかな。あの時の衝撃は確かに忘れられない。
「ねえ、かっちゃんってさ、男の人が好きなの?」
「馬鹿、お前いきなりっなん、なっ」
大きな音を立てて車が止まった。後ろの車が急ブレーキして「あぶねえじゃねえか!」と、どなりながら追い抜いて行った。
かっちゃんは左に車を寄せると、少し窓を開けて話し出した。俺の顔は一切見ないで。
「やっぱ見られてたか。うん、そんな気はしてたんだ」
「あの人は恋人なの?」
「んー?セフレって、陽向には理解できねえか」
そのくらいわかる。今の時代ぐーぐる大先生がかっちゃんの次にいけない事も教えてくれる。どんな人かは分かるけど、その存在の必要性は分からないし、分かりたくもない。
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