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#6「事件」
とある土曜日、ごしごしと朝から自分のパンツを洗う君島。
欲のままに二度寝をして目を覚ますと、背後からの大好きな彼の寝息が聞こえてドキドキが止まらず…。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
/君島side
夢を見た。
ガウンガウンと音を立てながら俺の服をいつも洗ってくれる洗濯機。
しかし今俺は静かな洗濯機の横で、蛇口をひねって一枚のパンツを洗っている。
俺は真っ赤な顔をしながら、滑るそこに洗剤かけて乱暴にこすり、すすぎ、絞り、洗濯バサミで止める。
恥ずかしい、これは恥ずかしい…!
今日見た夢を思い出して、俺は二種類の恥ずかしさにいてもたってもいられず、ベッドへダイブして枕に抱きつきながら足をばたつかせる。
二言で説明すると、赤井くんとのエッチな夢を見た。夢精した。そういうことです。
それにしても…
「優しかった」
つい口に出したくなるほど、ドロドロで甘々な夢だった。
赤井くんが痛くないかって俺を気遣って、好きだよって、愛してるってたくさん言って、俺の名前もたくさん呼んでくれて。
100パーセントただの願望夢。
現実には絶対に起きることのない世界。
だからこそ、
「…ナイス俺」
とはいえ夢精は恥ずかしい。
赤井くんはお泊りバイトで、今朝は俺一人の朝でよかった。
シンとした部屋で、興奮状態が徐々に落ち着いてきた俺は外から聞こえる鳥の声を聞く。
今日は待ちに待った土曜日。
学校に行く必要はなく、そして赤井くんはいない。
あの赤井くんにもう一回…、よし、二度寝しよう。
* * * * *
二度寝から目が覚めた俺は、まず始めにあの夢の続きが見れなくて残念だなんて思った。
次に周りが真っ暗な事に気づいた。
お昼には起きるつもりだったのに予想以上に寝ていたようで、今日寝る以外何もしてないやと思った。
そして、時間を確認しようと体を動かそうとしたら違和感、…背中に違和感!
背中には自分以外の体温、それから、静かな呼吸の音。
なんで、どうして…、と硬直する俺は、破裂しそうな心臓の痛みを感じながら赤井くんの寝息を聞く。
一緒に暮らし始めてから、こんな風に一緒に寝た事は無かった。
ベッドだって赤井くんがいない時は俺が使って、赤井くんがいる時はすぐベッドを空け渡していたから。
てか、な、なんで、なんで…こんな…こんなの、一緒のベッドで寝るとか恋人らしい事、…も、悶えるに決まってんじゃん。
心の中で一人叫びながら大興奮の俺は、赤井くんが寝てるのをいい事に一大決心する。
こんな事、もう一生来ないかもしれない。
だから、俺は今、人生で一番の勇気を出すことにした。
これから行う自分の行動に心臓が飛び出るほどバクバクとさせながら、これは寝返りこれは寝返りと心の中で唱える。
そして、赤井くんを起こさないように細心の注意を払いながらゆっくり寝返りを打った。
緊張しすぎて上手く息が吸えず、全速力で走った後のように心臓がどくどくと鳴っている。
ナマケモノに負けないゆっくりさで緊張しながら体勢を変えた俺の視界のそこには、やっぱり赤井くんがいた。
体を俺の方に向けて自分の腕を枕にしながら、愛しの恋人が静かな寝息を立てている。
カーテンを透き抜けて部屋を視認できるほど明るくする月明かり。
それは赤井くんの寝顔を優しく照らし、寝ていても起きていても変わらずに整ってるその顔はいつ見ても宝石のようにキラキラと俺の眼に輝いて映る。
綺麗な人だ。それから、かっこいい。
見た目だけじゃない。言葉も、仕草も、立ち振る舞いも。
無口で、どんな事にも動じなくて、どこか謎めいて、上流階級のような風格で、冷厳で容赦がなく、誰の影響も受けず、世間の常識を超えた世界で生きている。
法律を守り、校則を守る。
そんな至極当然な空気も、彼がいると空気が変わる。
初めて会った時から何かを感じていた。
一緒に暮らしているとそれが何かよく分かる。
赤井くんのカリスマ性には、憧れを超えて神聖的なものすら感じる。
高校生にして、自分より年上の大人もいるギャングのトップをこなし、非日常を日常として人を従え、大人の常識や教員が決めた規律さえも赤井くんを縛ることはできない。
赤井くんの前では、善も悪も赤井くんによって決まる。
そんな彼が俺なんかと恋人だなんて、未だに信じられない。
お前の幻覚だと言われた方が現実味があるというものだ。
しかも、こんなオンボロアパートの決して広くないシングルのベッドで、俺と一緒にすやすやと眠っている。
不思議で、信じられなくて、いつまでも見ていられる。
神の気まぐれ。
きっとそういう事なんだと思う。
赤井くんの気まぐれで始まった恋人ごっこ。
いつまでも、続いてくれたらいい。
完全に見惚れていた俺は、ハッとする。
もし赤井くんの目が開いたら、寝顔を見ていたなんてバレたら、気持ち悪がられるかもしれない。
というかバレたら俺が恥ずい。
こんな機会滅多にないから思う存分見ておけという気持ちと、いやそれで見つかったら恥ずかしすぎるっていうかその後の赤井くんが怖すぎるしもう十分見ただろやめておけと言う気持ちが天秤にかかる。
悩みに悩んだ結果、俺はものすごく名残惜しかったけど目を閉じる事にした。
…とはいえ、やっぱりこんなチャンスは滅多にない。
目を閉じ、ほんの少しだけ赤井くんとの距離を詰める。
ふわりと香るタバコと石鹸の香りと彼の体温にドキドキしていると、夢で見た優しい赤井くんがまぶたの裏に浮かび上がった。
『狭いだろ、こっちこいよ』
ぜっっったい赤井くんはこんなこと言わない。
でも、俺の妄想の赤井くんは、現実の赤井くんが絶対に言ってくれないことも、言ってしまうし、やってくれる。
赤井くんが優しく俺の頭を抱きしめる。
それだけでも幸せで死にそうになるのに、妄想の赤井くんは俺の欲をよく分かっていて、俺の脚の間に自分の脚を差し入れて弄ぶように俺の内太腿をこする。
俺はその行為に簡単に情欲を煽られて赤井くんの足を挟んで太ももをすり寄せてしまう。
肌と肌でふれあいながらゆっくり全身の感度を上げていき、呼吸の上がる俺の背中に赤井くんの手が回され、指が、背骨を滑り下がっていく。
快楽の底に何度も落とされて完全に快感の甘さを覚えてしまっている体は我慢なんてできなくて、今すぐにでも触ってほしいと俺に訴え、俺はドキドキしながら甘えるように赤井くんの服を掴む。
欲しがってるなんて分かってるくせに、赤井くんの指先は敏感なところは一つも触らず、尾てい骨をくすぐるばかり。
じんわりと甘く溶ける腰が直接的な刺激を手に入れようと淫らに揺れて強請り始め、男の体で一番弱いであろう下腹部のそこを赤井くんの太ももに押し付ける。
赤井くんに触られたい、赤井くんが欲しい。
自分の敏感なところをスリスリ当てて、誰が見ても欲情しきってると分かる俺の姿を赤井くんに見せて、…なのに、赤井くんの指はやっぱり触って欲しいところには触れてくれなくて、その焦らしに体が触れられずともじわじわと熱を上げる。
快楽バカの体を制御する司令塔の脳は、赤井くんが欲しい欲しいとすでに陥落して使い物にならない。
俺を色欲で支配して我慢の効かないメスにしてしまう、俺の脳内のちょっと意地悪だけど優しい赤井くんが、欲しい欲しいと全身で訴える俺の尾てい骨からやっと指をずらし、その下に移動した時。
「おい」
現実の赤井くんは、俺の熱々に温まった心と体を一瞬で冷たくさせる。
赤井くんのたった二文字の言葉で、世界が止まった、というか俺の心臓が止まった。
ショック死レベルの緊張に襲われた俺は、すぐに起きて返事をするなんて芸当はできず、金縛りのごとく体をカチコチに硬直させて、完全に起きるタイミングを逃してしまった。
「……」
「……」
数秒の無言。
ここまできたらもう寝たフリするしかないと心に決めた俺は、起きてることに気付きませんように!と祈りながら目を閉じ続ける。
すると赤井くんがベッドから降りた。
それに対して、俺はバレなかった安心よりも不安に襲われる。
だって俺は今、赤井くんの声を無視したんだ。
もし赤井くんが俺が起きてるって知ってたら、こんなの許された事じゃない。
戻ってきた赤井くんの体重でベッドが沈み、硬直していた俺の肩がびくりと跳ねる。
どう考えても今ので完全に起きてるってバレたはずなのに、俺は軽率な自分の行いのせいでまだ体を動かす勇気が出ない。
すると赤井くんの足が、俺の足と足を割って入ってきた。
……俺の妄想と同じように。
「秀兎(シュウト)」
耳元で名前を呼ばれて、俺の体がさっきよりも大きく跳ね上がった。
「やっぱ起きてんじゃねぇか」
そう呟いた赤井くんに肩を押されて横を向いていた体が仰向けに寝かされる。
目を開ければ、天井をバックに赤井くんの双眸が俺を捉えている。
赤井くんが、俺を呼んだ。俺の名前を。
赤井くんと出会ってからは「おい」や「お前」以外で赤井くんに呼ばれたのは初めてだった。
しかも、…下の名前だった。
赤井くんが俺を下の名前を呼び捨てで呼んでいたという事実。
それは俺に、俺は赤井くんに所有されているという現実を再度認知させ、猛烈に全身が熱くなり、めまいのようなクラクラした感覚に襲われる。
みるみるゆでダコに勝るぐらい顔が真っ赤になってしまった俺に、赤井くんが訝しげに眉間をよせた。
一番嬉しい呼び方をされて、嬉しさと同時に異常なほどの恥ずかしさに襲われる。
ずっと見ていられるとついさっきまで思っていた赤井くんの顔をちらりとも見る事ができない。
そんな状態の自分を見られるのも恥ずかしい。
俺は赤井くんの視線を遮るために自分の顔を両腕で隠して赤井くんとの壁を作った。
「……」
「……」
何も言わない赤井くんにますます心臓の鼓動が大きくなる。
すると、ギシリとベッドが揺れて、……右腕を掴まれた。
いつもならその手の動きに合わせて俺の腕もいうこと聞くんだけど、今日だけはどうしても動いてくれない。
顔から腕をどけようとする赤井くんにどうしても反抗してしまう。
いうことを聞かない俺に赤井くんがいつものように「…手」といい聞かせる。
赤井くんの言葉は絶対だ。
なのに、だけど、でも、今の俺はまた怒らせるとか、言うこと聞かなきゃとか、そんなことを思ってる余裕が全くなかった。
「…、二度言わせんな」
「っ!……だ、だって…赤井くんが…」
珍しく抵抗をやめないどころかと言い訳まで始めてしまって、見るからに様子のおかしい俺から赤井くんの手が離れていく。
多分赤井くんは俺を、なんだこいつ今日いつもに増して生意気だなって思いながら見てると思う。
赤井くんのいう事はちゃんと聞きたい。
…でも、恥ずかし過ぎて、か、体が動かない。
殴ることもなく怒ってもいない今の赤井くんは、夢の中の優しい赤井くんと被ってしまい、俺の欲望が具現化されたかのような錯覚に陥る。
「…俺が何」
「ぅ…あっ…ぅ…」
「……」
「ごめ…ごめんなさい…ッ」
「何が」
「や、その…、ちがっ…っ、ッ」
「…俺が、何」
「ぁ、赤井くっ、ぅ、ぁ、うぅ…」
「秀兎」
「っ、ッ…!」
名前を呼ばれて、それだけでバカみたいに体が跳ねた。
ほんと、それだけで、お腹の奥の気持ちいところを突き上げられたかのように、バカみたいに。
さっきの妄想の熱が完全に体に戻ってきて、どこも触れられていないというのに腰が甘く痺れて揺れそうになる。
本当に自分でもバカというかまじで末期だと思ったけど、思ったところで俺の脳は赤井くんに見られて名前を呼ばれるそれだけでスイッチの入る変態に違いなく、その気のない赤井くんの前で、自分が勝手に欲情し始めているこの状況に羞恥心と焦りと、どうしようもない事に体の興奮が下がらない。
恥ずかしすぎて認めたくないけど、完全に羞恥プレイスイッチが入ってしまった俺は、そのつもりのない赤井くんが俺の側から離れずに俺の様子を見続ける事によってプレイは完成してしまった。
お仕置きか仕事の延長線上で義務的なセックスしかしない彼にセックスを楽しむ事を目的とされる“プレイ”を意図せず参加させてしまった事が半端なく恥ずかしくて、それでいて、……不分相応な、絶頂もののご褒美過ぎる。
赤井くんに押し倒されるような格好で、至近距離で見つめられ、下の名で呼んでもらえて、ズボンにテントが張ってしまうのはもう仕方ない。
どうにか内情バレバレのそれを赤井くんに気づかれる前に隠したい。
だけど、赤井くんの足が俺の内太腿の股間に触れるギリギリにあるために一ミリたりとも動かせない。
俺の意思では制御できない素直すぎるそこを隠せないというこの状況がまた俺のどうしようもない変態心をつついてきて、落ち着いて欲しいと思えば思うほどそのテントは大きくなっていく。
まじで、誰か助けて。
「…おい、秀兎」
「ッんン!」
「……」
「っ、ッ…ッ…」
3回目の名前呼びでとうとう声が出てしまった俺は、もう内心なんか隠しようもなかった。
分かってても指一本動かせないし声も出せずに膠着状態からは抜け出せなくて、部屋から放り出してもいいからこの状況を壊してくれと願う事しかできない。
これ以上の恥ずかしめはもうないだろうと思うぐらい羞恥心に襲われ、いつにも増して静まりかえる部屋。
そんな中、しばらく何もしないで様子を見ていた赤井くんから、鼻で笑うような声がした。
そう、無関心でもなく、蔑むでもなく、怒るでもなく、…笑った。
赤井くんの右手が、俺のシャツの裾から滑り込み、服の中で俺の脇をつぅー…と滑っていく。
「っ、あっ、んッ」と声をあげて体をビクつかせる俺の反応を楽しむように、ゆっくりと五本の指が俺の腹筋の溝をなぞり、胸の浅い谷を登り、鎖骨を内から外へ撫でていく。
親指が脇を、残った4本の指が肩を滑りそのまま俺の上腕を挟む。
そして、ゆっくり優しく言い聞かせるように肩の根元から俺の腕を下ろしていく。
さっきまで頑なに抵抗の色を見せて顔を隠していた右腕は赤井くんの優しい手つきには抗えずに、宥められたかのようにゆっくりとベッドに倒れた。
二つのうちの一つのバリケードを外すことに成功したその指は、わざと俺の肌を触れるか触れないかのくすぐったい触れ方で、肩から鎖骨へと戻り、胸の敏感なところを避けながら下に下がっていく。
肌を滑る指先を味あわせるようにゆっくり動くそのあまりのエロい触り方に、俺は本気でその刺激だけでイキそうで、指から逃げるように体がしなり、息を漏らし、やっと服の中から指が出てってくれた時には完全に息が上がっていた。
指の動きから伝わる、意地悪さ。
本当に、夢なんじゃないだろうか。
あの赤井くんが、赤井くんが、恥ずかしがる俺で……遊んでる。
俺の願望夢や妄想に出てくるような、優しいいじめ方で。
これが夢じゃなく現実だと言うのならば、間違い無く今日の赤井くんは相当機嫌がよくて、何らかの気まぐれを起こしている。
こういう気まぐれは嬉しい、嬉しいけど…。
機嫌がいい赤井くん…、む、無理かもしれない。
終わらない恥ずかしさに心臓と胃が痛くなり始めていると、赤井くんの所業で骨抜きとなってベッドに倒れている俺の右手の手首が掴まれた。
そのまま滑るように手のひらを赤井くんの五本の指が滑り、俺の指と指の間に滑り込み、隙間をなくすように何度か指を動かされたのちに指の付け根からぎゅっと握られ、俺の心臓はというと穴が空いたんじゃないかってぐらい痛い。
赤井くんが俺にした事、…通称、恋人つなぎ。
多分、赤井くんは、今日、俺を殺す気だ。
大好きな恋人のその手を握り返すことすらできずに恥ずかしさで全身を震わせる俺は、赤井くんのもう片方の手が服の中に滑り込んできたことで悲鳴を上げて、堪らず根をあげた。
「ひぃッ…あ…ゃ、やめっ…やめてッ」
「……」
「あっ…ぅ、…お、お願いしま…す」
「……」
「恥ずかしいから…っ、おねが…、ゆ、許して…ッ」
「…あのさ」
ちょっと手を握られてちょっと服に手を突っ込まれただけで恥ずかしがってひんひん泣く乙女もドン引きなセックス経験済み高校二年の男子を見ながら、赤井くんが何かを言おうとする。
キモいでもバカじゃねえのでもなんでもいい。
この状況が終わるならなんでもいい。早く、早くなんか言って…、
「今朝、夢精した?」
赤井くんは、まだこの羞恥プレイを終わらせる気はないようだ。
これ以上は本当に勘弁してと思いながらも何でバレたんだと思って、自分がパンツ一枚干したままなことを思い出した。
男がパンツ一枚干してたら、察しのいい人は気づいてもおかしくない。
心の中であああああと絶叫してると、赤井くんが起き上がり、まだ手が繋がったままの手を引かれて俺の体も起こされる。
恋人繋ぎを全然外さない赤井くん。
こんな赤井くんと今まで遭遇したことのない俺は、先が読めなさすぎてむしろ恐怖に襲われる。
向き合うように座らせられた俺は、赤井くんの顔が見れずに俯いたままでいると、
「…秀兎」
「ひッ! んぅ…ッ」
「ふっ、なんなのお前」
「ッ、…ぅあッ」
「変態、俺にどうされたい」
赤井くんが喋るたびに、俺の脳が爆発を起こす。
赤井くんの指が波のように動いてこすり、触れ合うそこを熱くさせて俺の欲を煽りながら聞いてくる。
あれだけたくさん赤井くんとして見たい事を妄想してきたはずなのに沸騰する今の俺の頭には何一つされたい事が思いつかず、正常に頭が動かない中、口が何か答えようと勝手に動いた。
「…す…好きに…、赤井くんの、好きに…してください…」
勝手に出てきた言葉を聞いて、あ、これだ。と思った。
今のご機嫌な赤井くんに、好きにされてみたい。
赤井くんがしたい事を、して欲しい。
…あ、あわよくば、夢の赤井くんのようにエッチな感じで意地悪されたい。
いや、死ぬ。そんな事されたら死んじゃう。
そんな事を思いながらも念願を叶えて貰えるかもしれないと密かに期待していると、赤井くんが何か考えながら数秒俺の手をにぎにぎした後、その手を離した。
離れた手の平に空気が入り込み、手汗を冷やすその冷たさが赤井くんと触れ合っていた熱さを俺に実感させて、今まで赤井くんと一分以上手を握っていた現実にもう一段階顔が熱くさせる。
何かを手に持ちベッドに戻ってきた赤井くん。
赤井くんってやっぱオモチャ使うの好きなのかな…と、ドキドキしながら落ち着きのない視線を赤井くんの手のそれに向ける。
月の光を反射して光る銀色の見覚えのあるそれに、完全にエッチな事を期待していた俺の体の熱が冷め、冷静さを取り戻した。
バカだな俺。
妄想の赤井くんみたいな事、現実の赤井くんがするわけない。
赤井くんと俺は確かに恋人関係だけど、気持ちの面では……俺の片思い。
赤井くんが俺と性行為をする時はいつだって、仕方なく、だ。
そう、…赤井くんの好きな事に、俺とのセックスなんて選択はない。
赤井くんが部屋の電気を点ける。
手に持つそれは過去に何度か見たB5ぐらいの大きさの厚みのあるシルバーのケース。
ベッドに座った赤井くんがそれを開けると、中には5本の注射器が入っていて、その内3本は空。
その空の3本は、前に俺に使っている。
初めてこれを見せられた時、その見た目に完全にドラッグか何かヤバいものだと思った俺は大泣きした。
結局殴られて、打たれた。
2回目は、せめて中身がなんなのか教えてと言いながら、結局教えてもらえずに打たれた。
3回目は、怯えながら腕を出した。
4回目、今日も俺は赤井くんに腕を差し出す。
この注射を打たれると、すぅーっと意識が遠くなる。
その後のことは何も覚えてなくて、気づくと朝というのがいつもの流れだった。
明らかに単なるアダルトグッズの類ではない事は分かる。
俺が気を失ってる間に赤井くんが何をしているのか、なぜこれを俺に打つのかは分からない。
考えに考えた時はもしかして睡姦がしたいのかとも思ったけど、朝起きる俺の体に性行為をされた痕跡はなく、痣が増えている事もなくて、正直何かされてるのは明白なのに何をされているかが分からないから怖かった。
でもこれが赤井くんのしたい事だというのなら、俺は腕を差し出すことがきっと正しい。
ケースに一緒に入っていたアルコール綿を持つ赤井くんに、黙って注射の痕の残る左腕を差し出す。
俺の腕を消毒した赤井くんは、医者の先生のように慣れた手つきで中身の入った注射器を一本手に取り蓋を外す。
血管の透ける皮膚に針の先端を押し当てられ、大した痛みもなく皮膚を突き破り体内に入り込んだ針を見ながら、俺は体の中に得体の知らない液体が注入される様子を見守った。
見守ってから十秒経つか経たないかぐらいで、いつものように俺の視界が白くなる。
ふわふわする頭、眠くないはずなのに落ちる瞼に逆らえない。
赤井くんが体に力が入らなくなる俺を支えながらゆっくりベッドに倒し、ぷくりと血が溢れる針を刺したそこをガーゼで押さえる。
異様な心地よさに何も考えられなくなっていく。
朦朧とした意識の中、赤井くんの声が聞こえた。
聞き取れなかったけど、赤井くんの声はとても心地よかった。
今日は赤井くん、俺と一緒に寝てくれて、名前も呼んでくれて、手も握ってくれて、遊んでくれて、…嬉しかったなぁ。
幸せに包まれる俺は、まぶたが完全に閉じると同時に意識を失った。
* * * * *
使用上の注意
・質問者は投与前に質問事項についての自分の見解を述べてはならない。
・質問する場合「はい」か「いいえ」で答える質問は、回答者が既に答えた内容を追確認するためのみか、もしくは全くしてはいけない。
・質問する場合、まずは簡単な秘密を喋らせ、次いで重要な秘密に対し質問する。ただしこの間隔は早めなければならない。
・質問内容は、細かい事について質問しても効果は薄い。例えば暗号変換コードなど。
「…お前の名前は」
「君島秀兎」
「なぜ笑ってる」
「へへっ嬉しくて。赤井くんがいる。赤井くんがいるの嬉しいから」
「お前と赤井の関係は」
「手に入れたんだ、俺が、俺の赤井くん。欲しくて、えへへっ…恋人、俺の…」
「…今一番欲しいものは」
「赤井くん、赤井くんがほしい」
「……」
「もっと赤井くんと…、あ、え…」
「……」
「なに、なんで目隠し、…なに、なにッ」
「取るなよ」
「う、うぅ…、赤井くん、赤井くん。……赤井くん?」
「……」
「え、赤井くん、赤井くんどこっ、赤井くん赤井くんッ」
「……」
「やだ、怖いっ怖い! 赤井くんやだッ、やだやだ行かないでッ、行かないで!!」
「……」
「行くなって、…ひっく、ぅう、置いてくなってぇ…、…言う事きく、から…っ、目隠しっ取らないからぁ…」
「…赤井について知ってることを教えろ」
「うぅう…、赤井くん…ひっく、捨て…ないで…っ」
「質問に答えろ、お前は赤井の何を知ってる」
「…ぅ…わ…分わかんない。何も知らない。何も知らないッ、分かんないって!」
「……」
「俺が好きで勝手に一緒にいるだけだから! 何も知らない! 好きなんだ、何にも知らないけど好きなんだって、うううぅ…」
「少しぐらい何か知ってるだろ。赤井は普段何をしている」
「知らない知らない! 何も知らないって! ごめんなさいごめんなさい何も知らないんだってば…」
「お前の年齢は?」
「うっ、ひっく、じゅう…ろく…っ」
「赤井の年齢は?」
「何も知らない…っ、本当に、知らない。ただ俺が好きでッ、ひっく」
「…これから、お前のこと殺すから」
「犯して!犯して!犯して!俺を犯して!乱暴にしていいから、好きにしていいから!!俺のケツまんこにください!お願いしますお願いしますお願いします!!」
「……」
「お願いします、お願いします…、欲しいんです。ごめんなさいっ、我慢できなくて、淫乱でごめんなさい…、う、うぅ…」
「…赤井の情報を教えろ」
「分かんない。何も知らない、知らない。俺が好きで勝手に一緒にいるだけだから、本当に何も知らない。俺が勝手に好きなんだ。何にも知らないけど好きで…、ぅ、分かんない、分かんない分かんないッ」
「赤井のバイト先は?」
「知らない、分かんない、何も聞いてない。俺が好きだから、何も知らないけど好きで、…ごめんなさい何も分かんない、ごめんなさい、ごめんなさい」
「お前は用済みだ。死ね」
「犯して!犯して!犯して!俺を犯して!乱暴にしていいから、好きにしていいから!!俺のケツまんこにください!お願いしますお願いしますお願いします!!」
ガチャ
「ちーっす、君島いい感じになってんじゃーん。これならどこで誰に自白剤使われようと情報漏れは心配なさそうだな。そして上手くいきゃ肉便器として生きられるってな」
「っ、やだ、俺、あ、赤井くん犯して、犯して…、お願ぃ……」
「夜中にんな叫ばせて隣に通報されねぇ?」
「昔に一回だけだな。…それで?」
「それがよぉ、本当たまたま見っけたんだけど、この部屋のポストの下に例のマークっぽい傷があっからちょっと確認してもらった方が良さそうなんだよな」
「……こいつ見といて」
「了解っ」
「ひっく…犯して、犯してっ、……赤井くん? 赤井くんどこ? どこ、どこ。なんで返事ッ、行かないで行かないでッ行かな…、もがっ」
「君島もうちょい音量下げろって。赤井が逮捕されて泣くのはお前だろ」
「んんー!! んー!!」
「んな暴れんなって、……あー、犯してぇ」
「んんっ! んーんんんっ!!」
「分かった分かった、赤井すぐ来っから。60秒数えたらすぐ来るぜ。おら、一緒に数えんぞ。いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお…」
「んんー、んー、…んー。…ん、…………」
「……よし。あーあー目隠しぐしょぐしょ。あ、おかえり。マークどーよ?」
「二日月、だな」
「あーやっぱ? まさかの君島もかぁ。まだ確定じゃねえけど。さーて、とりあえずタバコ吸おうぜ、ほらっ」
「…えぐいの吸ってんな」
「あ、吸ったことある? そのエグさがたまんねぇんだよ。タバコはショートの苦重一番。君島にはタバコ教えねぇの?」
「こいつすぐ依存するだろ…」
「赤井から教えたら嬉しくて吸うどころか食うかもな。そいや君島の股間洪水してっけど、自白前に興奮剤でも使ってた? ヤってたようには見えなかったけど」
「……知らねぇ」
「ははっ、赤井って君島に時々動揺させられてるよな。またバナナ事件みたいな誤算起きたんだろ」
「こいつ、…俺と付き合ってまだ1週間かもしんねぇ」
「おいおい一年はとっくに経ってんぜ。なんだよ今更処女みてぇな反応でもされたのかよ」
「近辺の新規”印”確認に1割、泳がせてるノラの監視に1割、残りはエリア分けて歩かせる。人選はお前に任せる。後の指揮は俺がとる」
「りょーかい。赤井との関係知ってて君島に印付けたんなら俺らに対する煽りだろぜってぇ。完全に長期戦になっちまってるし、そろそろ進展させてぇよなぁ。尻尾じゃなくて本体食いてぇわ」
「……」
「なんだよ。君島何やらかしたんだよ」
「秀兎に聞け。こいつの思考回路よく分かんねぇ」
「うっは赤井がサジ投げるって相当じゃん。付き合い始めて1週間みてぇな事となると、キスで真っ赤とか?」
「もっとひでぇな」
「あー、手ぇ繋いで赤面?」
「……」
「マジかよ正解? ウブ過ぎだろ! ビッチな非処女が手を繋いで赤面って」
「…いや、もっとひでぇ」
「えっ、なになにちげぇの? あ、待て、当てっから。キスでも手でもねぇんだとしたら、…ははっ、確かにもっと酷そうじゃん。赤井から好きとか言ったわけじゃねぇだろ? だとすっと…、ウブ、ウブ……、…ん? そいやいつから君島のこと秀兎って呼んでんの?」
「……」
「ははーん、その反応は名前呼びが関係してんな。名前呼んで赤面?」
「……」
「ちげぇか。……あ、名前呼ばれて股間ビチョビチョ?」
「……」
「あっはっはマジかよ! バナナ事件を超える変態事件じゃんやるな君島!」
「…充、タバコ」
「おうじゃんじゃん吸えよ。しっかし、そんなウブで変態こじらせてっと、赤井の歯ブラシで歯磨きしたり、赤井が寝てる間に靴温めてそうだな」
「……」
「滝沢の昔の彼女がヤった後のコンドームとか髪の毛コレクションしてた奴いたんだよ。それが別れた後がマジで散々らしくてよぉ。赤井も君島と付き合って正解だったんじゃね。振った方が怖ぇタイプだと思うわ、こういう変態って」
「……」
「またしばらく見張りつけとくか? ちょうど印も付けられちまったしよ」
「…、……そうする」
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
ここまでのご拝読、誠にありがとうございます!
fujossyの小説投稿の仕様で各話タイトルイラストや人物紹介イラストが載せられないため、続きはピクシブでお楽しみいただければと思います。
「マニアック」はピクシブで完結した作品であり、無料でお楽しみいただけます。
よければ君島くんの頑張りの末の結末を、こちらで見届けてあげてください٩( 'ω' )و
https://www.pixiv.net/users/4485071
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